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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
5章 誤解と幻覚
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第4話 風邪のときの晩ごはん

 拓嗣(たくし)くんが寝ぼけ眼で起きてきたのは、千歳(ちとせ)が帰ってきてから30分ほどが経ったころだった。千歳はその間、リビングを軽くお掃除をしていた。ハンディワイパーで家具などの埃をさっと拭い、床もフローリングワイパーを滑らす。


「千歳ちゃん、おかえり。掃除できんでごめんやで」


 顔を覗かせた拓嗣くんは、パジャマの上に紺色の半纏を羽織り、額には冷却ジェルシート、口には不織布マスクの完全装備である。


「ただいま。おトイレ掃除がまだやねん。先にごはんにするね」


「ほな、その間に、僕、トイレ掃除するわ」


「え、無理したらあかんよ」


 千歳が驚いて目を丸くすると、拓嗣くんは「ううん」と首を振った。


「ゆっくり寝て、だいぶん楽になったんよ。それに、やっぱり掃除せんと落ち着かんていうか。トイレだけでごめんやけど」


「いや、私は助かるからええんやけど。ほんまに無理や無い?」


「うん。ほな掃除してくる〜」


「ありがとう」


 拓嗣くんは風邪引きとは思えない様な軽い足取りで、お手洗いに向かう。本当にかなり楽になっているのかも知れない。もしかしたら長引く予定の冬の風邪が、短くなるのかも? だとしたら嬉しいのだが。


 リビングの簡単お掃除を終え、お掃除道具を戸棚にしまうと、千歳は晩ごはんを作るべくキッチンに向かった。


 今夜はお雑炊と、千歳用の豚汁。先に手早く豚汁を仕込んで。今日の具はお手軽に乾燥わかめである。乾燥わかめは塩分が強いことがあるので、千歳はいつもお水で戻して使う。


 お雑炊は小さめな土鍋で作る。火はまだ付けないでサラダ油を落とし、鶏むね肉のミンチを入れ、シリコンスプーンでほぐす様に大きく混ぜ、土鍋全体に油をなじませる。土鍋で食材を炒めたりする場合、こうしてコールドスタートにすると焦げ付きにくくなる。


 ここでやっと火を付ける。するとやがて土鍋が温まってきて、じりじりと小さな音を立てる。鶏ミンチの色が白っぽくなるまでしっかりと炒めたらお水を入れた。


 鶏がらスープの素と日本酒も加えて、沸いたらことことと煮込んでいく。少しだけ鶏ミンチのあくが出てくるが気にしない。


 そこにごはんとチューブ生姜を入れ、ごはんにお出汁をしっかりと含ませる。その間に卵をほぐしておく。業務スーパーの冷凍白ねぎもたっぷり加えてさっと煮たら、お塩をして卵を回し入れた。


 大きく混ぜて卵に軽く火を通したら、鶏雑炊のできあがりだ。


 拓嗣くんはお手洗いのお掃除を終え、ダイニングテーブルに着いていた。千歳はカウンタに鍋敷きとふたつのお茶碗、麦茶のポットとお箸1膳とスプーンを刺した2客のグラス、そして豚汁のお椀を置いた。拓嗣くんがせっせとテーブルに移してくれる。


 土鍋は鍋つかみをした両手でしっかりと持って、ダイニングテーブルに運ぶ。落としてしまったりしない様に、慎重に。


 そうしてダイニングテーブルにお食事が整う。お茶碗に鶏雑炊をよそった。


「いただきます」


「はい、いただきます」


 千歳はまずは豚汁にお箸を付ける。すすっと小さな音を立てて吸い込むと、熱々のお汁が口にゆっくりと流し込まれる。豚肉とお揚げさんから出た旨味を含んだお味噌の味は、千歳の心をほっとさせる。


 さて、鶏雑炊を、とスプーンを持つと、拓嗣くんが「ふあ〜」と心地良さげなため息を吐いた。


「あったまる〜優しい〜美味しい〜」


「良かった」


「ありがとう千歳ちゃん。こんなん食べてまたぐっすり寝たら、風邪なんかあっちゅうまに治りそうや」


「それやったら良かった。お雑炊、風邪にええもんばっかり入れてるからね」


「そうなんや。薬膳やんね? やっぱり面白いなぁ」


 温性である鶏肉におねぎと生姜、平性の卵とお米。おねぎは免疫も上げてくれる。身体が温まれば免疫も上がるから、鶏雑炊は冬の風邪である風寒に見舞われたときには、最強のお料理と言えるかも知れない。


 拓嗣くんの風邪が治るまでは、晩ごはんはお雑炊になるだろう。胃に負担は掛けられない。朝ごはんはたまご粥で、千歳はプラス豚汁。拓嗣くんは朝ごはんはパン派だが、風邪のときは食べづらいだろうから。


 そうして食べ進め、気付けば土鍋は空になっていた。


「ごちそうさま。ほんまありがとう、千歳ちゃん。美味しかった」


「良かった。卵酒すぐ作るから待ってて」


「ありがと〜」


 拓嗣くんがふにゃりと笑う。顔色も朝に比べて良くなっていると思う。回復に向かっているのだと思うと、千歳も安心する。


 卵酒は簡単だ。耐熱の計量カップに日本酒を入れ、レンジで熱々に加熱する。マグカップに卵を割り、小さな泡立て器でしっかりと混ぜる。日本酒が温まったらお砂糖を入れて溶かし、卵をかき混ぜながらマグカップに日本酒をそろりと注いだ。


 しっかりと混ぜ合わせたら、卵酒のできあがりだ。


「はい、卵酒」


「ありがとう」


 カウンタ越しにマグカップを渡すと、拓嗣くんはさっそくカップを傾ける。そしてかすかに顔をしかめた。


「……卵酒って、あんま美味しいもんとちゃうなぁ」


「まぁねぇ、好みはあると思うけど」


「僕はお酒はお酒のままで飲みたいわ」


「ま、風邪んときはおとなしく飲んどき。卵がいちばんの栄養源になるからさ」


「せやね」


 拓嗣くんは黙々とゆっくり卵酒を流し込んでいく。この後は歯を磨いて、温まったまま寝てくれたら回復も近いかも、なんて、千歳は願うのだった。

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