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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
1章 ゆるゆる薬膳との出会い
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第3話 ゆるゆる薬膳との出会い

 北花田(きたはなだ)のイオンモールは6階建て。5階から上は駐車場のみで、1階から3階はブティックや雑貨店、フードコートにカフェなどが入り、4階は半分ほどがレストランエリアとなっている。あとの半分には本屋さんや携帯ショップ、ペットショップなどの店舗が入る。もちろん1階にはイオンのスーパーも。


 とりあえずエレベータで4階に上がってきた千歳(ちとせ)は、紀伊国屋書店(きのくにやしょてん)に入る。梅田にある広大な紀伊国屋書店を知っているとそう大きな広さでは無いのだが、それでもかなりの書籍数を誇る。


 特に目的を決めず、店内をうろうろする。入り口に近いところには話題書が置かれ、少し行くと雑誌コーナーがある。そして実用書。


 千歳はこれでも結婚を控える身である。豚汁好きでそれは拓嗣(たくし)くんも知ってくれていて、できるだけお付き合いをしてくれると言ってくれているが、おかずを作らないわけにはいかない。


 千歳ひとりならあまり凝る必要は無い。豚汁に白いごはん、それにお野菜の煮浸しやお漬物などを添えれば立派なお献立だと思う。だが誰かに食べてもらうのなら、もうちょっとしっかりしたものにしたい。特に拓嗣くんは男性なのだから、あまりあっさりしたものばかりが続くと飽きるだろう。量もいるだろうし。


 千歳と拓嗣くんのお仕事の兼ね合いもあって、晩ごはんを用意するのは千歳になりそうである。拓嗣くんは帰りが遅めなのだ。場合によっては21時を超えるそう。


 千歳はお料理や洗い物が苦にならないので、それは問題無い。千歳がいちばんやりたく無い家事はお掃除なので、それを拓嗣くんにやってもらえたら助かるなぁなんて思っている。


 千歳はその通りお掃除が面倒なのだが、汚れているのはもっと嫌なので、日々嫌々ながらお掃除をしている有様なのである。それがお家での唯一と言って良いストレスなのだ。自分でもうっとうしい性癖だと思う。


 今はワンルームのひとり暮らしで、お掃除をする空間はそう広く無い。だがふたりで暮らすとなると、やはり2LDK以上になると思う。千歳はひとり暮らしを始めてからその快適さに慣らされて、自室が無いと駄目な体質になってしまっていた。


 まだ不動産情報を眺めるばかりで具体的に新居を探してはいないが、お掃除の箇所が多くなるのは千歳にとって苦痛なのだ。


 効率の良いお掃除の指南書でも見ようかな、そんなことを思いながら実用書コーナーを巡る。すると、漢方・薬膳の棚で、ある1冊の本が目に止まった。


 薬膳の本なのだが、テキスト然としていない、まるで普通の読み物の様な表紙だった。タイトルのフォントは柔らかなもので、お料理のイラストが散りばめられている。手に取ってぺらりとめくり前書きをざっと読むと、薬膳はそうかしこまるものでは無い、と書かれていた。


 例えば、毎日飲んでいるお汁物などに、生姜のすりおろし(チューブでも)を入れるだけで、立派な薬膳である。


 その文言で、千歳の心はその本に引き込まれる。


 生姜は、身体を温めることで有名な薬味である。千歳は食材別の索引を見つけて、生姜の説明ページにたどり着く。


 生姜には、他には汗を出して熱を下げたり、吐き気などにも効果があるという。風邪の初期症状のときに飲まれる葛根湯にも含まれているそうなのだ。


 多くのビタミンや繊維質などが含まれている生姜だが、それは栄養学の分野。薬膳はまた違う効能があるのだ。


 そうか、そう思うと、生姜に関しては自然と薬膳というものに関わってきていたのか。


 またぱらぱらとページをめくると、もうひとつの索引を見つけた。そこには「風邪の引き始めには」という、うってつけの項目があった。千歳は逸る気持ちを落ち着かせながら、また自分のものにはなっていない売り物の本を慎重に扱った。


 そのページには、季節ごとの風邪について書かれていた。風邪ひとつとっても季節によって性質が違うそうだ。そして、それぞれに適した食材なども。


 これは、結婚後の食生活に必要なものなのでは無いだろうか。今の拓嗣くんは実家暮らしで、日々お家のごはんを食べているはずだ。親御さんが栄養バランスなどに気遣ったごはんを用意してくれているだろうが、千歳がそれを引き継ぐからには、できる限りきちんとしたい。


 食事は身体を作り、支えるものだ。毎日の生活にも影響する、重要なものである。あまり適当にはしたくないという思いがあった。もちろんお仕事があるから疲れている日もあるだろう。そんなときにはお惣菜に頼るだろうが、それでも身体を思いやるお献立にしたい。


 千歳の心に高揚感の様なものが沸き上がる。大げさなことをしなくても、ほんの少し、それこそ毎日飲んでいる豚汁にチューブ生姜を数センチ入れるだけで風味が良くなって、薬膳となって身体にも良くなるのだ。


 栄養素はもちろん、薬膳の知識があれば、もっと身体をいたわってあげられる。この本、もっと読みたい。千歳は本を閉じて、手にしたままレジに向かったのだった。




 そして帰り、メトロであびこに戻った千歳は、薬膳のことはひとまず置いておいて、少し足を伸ばしてJR我孫子(あびこ)駅近くのやきとり大吉(だいきち)さんで、目一杯生ビールと焼き鳥、締めの鳥スープを楽しんだ。


 お家に帰ってから気になって、買ったばかりの薬膳の本を開いてみたところ、鶏肉には身体を温めて胃腸の働きを良くする効能があるのだとか。


 口に入るたくさんのものが薬膳に繋がるのだなぁと、ほろ酔いの頭で感心したのだった。

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