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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
4章 ドラマの様にベタな
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第8話 人間としての成長

 それから、3人はたくさん話をした。主にゆずちゃんと千歳(ちとせ)が、いわゆる一般常識を伝えた。


 常識も価値観も、十人十色ではある。だが大多数が支持するものというのはあって、それは時代によって移り変わったとしても、根っこは大きく変わらない。


 千歳がさっき口にしたお礼とお詫びだって、長年受け継がれてきた価値観のひとつだ。そんなの当たり前のことだろうと思われるだろうが、言わない人の存在を知っていたら、それも価値観の範囲なのだなぁと思ってしまうのだ。


 挨拶だってそのひとつである。する、しないが存在するものが、こうした見方に当てはまるのだと思う。


 千歳はお礼もお詫びも挨拶も、常識の範囲内だと思って日々心掛けているが、(ひじり)ちゃんの様にそれが無い人だっているのだ。だからそれを非常識だと咎めることは難しい。


 聖ちゃんはただ知らなかっただけだ。ずっとお姫さまの様な状態でいたから、聖ちゃんの中ではそれが当たり前で、他者もそうだと思っていた、それだけだ。


 お友だちになりそうだった同級生が離れていった理由に心当たりが無かったのも当然だ。「そういうもの」だと信じて振舞っていたのだから。


「してもらうんが、当たり前や無い……」


 聖ちゃんは何度目かの感嘆をする。


「そう。人に何かをしてもらう、それは厚意、人の善意からくるもの。家政婦さんはお金の繋がりやったから、そういうのの埒外にあったと思うけど、ご両親からのものは、愛情とかそういうもの。ま、ちょーっと甘やかしすぎたと思うけどな?」


「いくら彼氏さんやいうても、100万もするもんをぽんとあげるなんて、あんま一般的や無いです。夜中に会いにきて欲しい言うんも、よほどの事情が無かったらわがままになってしまいますし」


「そっかぁ……」


 本当に素直な子なのだな、と、千歳は感心する。無知は罪なんて言葉もあるが、聖ちゃんがまさにそうだったのだと思う。


 人を思いやって、初めて思いやってもらえる。こういうのは循環である。人を大事にできない人が、人に大事にされるわけが無い。したことは返ってくる。そういうものなのだ。


 聖ちゃんには良いところだってあるのだから、それを無くさずに、さらに人間的に成長ができれば、これからも芸能界で活躍できるのでは無いか、と思うのだ。




 聖ちゃんは、千歳たちより先に日本酒バーを出て行った。


「お礼させて。これがありがとうって気持ちやんね?」


 そう言って、それまでのゆずちゃんと千歳の分の会計をしてくれた。千歳たちはもちろんそんなつもりは無かったので固辞したのだが。


「あたしの気が済まんから」


 と、押し切られる形になった。そこでありがたく、ごちそうになることにしたのだった。


 またふたりになったゆずちゃんと千歳。千歳は聖ちゃんが使っていたスツールに移動し、ゆずちゃんとあらためて向かい合わせになった。


 グラスが空になっていたので、ふたりとも新たな日本酒を注文する。肴に鶏ハムを追加した。


 日本酒は、薬膳でいうと温性(おんせい)である。血の巡りを良くしたり、筋肉のこわばりを解したり、関節の痛みを和らげるなどの効能がある。


 「酒は百薬の長」というのも、薬膳の範疇である。飲み過ぎなければ身体に良いとされている。


 また、古代から医薬として扱われてきた歴史もある。お屠蘇や卵酒が身近にあるもので、お屠蘇は使われる漢方薬の吸収力を高めたりする。卵酒は栄養満点の卵と合わせて摂取することで、身体を養生させる。


 ちなみに千歳が普段から良く飲むビールは寒性(かんせい)で、身体を冷やしはするが、鬱を改善したり、ストレスを解消できたりする。だから千歳は「心と身体にええから〜」を大義名分にして、日々お酒を楽しむのだ。


「ひじりん、これからも活躍してくれたらええよね。美貌だけで芸能界は渡ってけんやろうから、これからは感謝の心を持ってね」


「せやね。私もあらためて、そういうのが大事やなって思った。人間にとってとか、人との関わりで大事なこととか、たまにか思い出してあげんとね」


「うん、私も心掛けよ。私なんて営業職やから余計やわ。さ、ほな、あらためて乾杯しよか」


「何に?」


「ひじりんはもちろん、私らの前途を祈って」


「それはええね!」


 そうしてゆずちゃんと千歳は、何度目かの乾杯をしたのだった。

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