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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
4章 ドラマの様にベタな
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第6話 小悪魔キャラの真実

 ギャルソン姿の男性店員さんによって、3杯の豚汁が運ばれてきた。


「お待たせいたしました、豚汁でございます」


 そっとテーブルに置かれた大振りの黒塗りのお椀がほかほかと湯気をあげ、それがお味噌とお出汁の風味を届けてくれる。豚汁は品良く7分ほどの量で注がれていた。


 千歳(ちとせ)の顔は幸せでほころぶが、(ひじり)ちゃんの顔はまたしかめられてしまう。


「せやから、いらんて」


「ひと口でええから飲んでみません? 心が落ち着きますよ」


「ああ、お味噌汁とかって飲んだらほっとするやんなぁ」


「せやねん。それも薬膳の効果のひとつやねんて」


「あ、最近はまってるて言うてたっけ、薬膳」


「ちょっとかじってるだけやけどね」


 いつまで経っても、まだまだ薬膳初心者の心持ちである。奥が深いものだと思うので、突き詰めてみるのは難しい。千歳はあくまで「ゆるゆる薬膳」の域。それが長く続けるコツだと思っている。


 千歳はさっそく添えられていた黒いお箸とともにお椀を取り、ゆるりと沈殿しかけているお味噌をさっと混ぜたら、熱々のそれをそっと傾ける。


 しっかりと取られた和のお出汁、お味噌のこっくりとしたふくよかさに、豚肉やお野菜の甘みが溶け出した滋味が、ふんわりと口に広がる。


「……おいし〜い」


 何という幸せ。豚汁はただでさえ美味しいのに、お酒のあとのそれは味わいを1段も2段も引き上げてくれる。自然と目が細められ、口角が上がる。


「ほんま。めっちゃ美味しい。具沢山やし、満足感すごいわ」


 ゆずちゃんもお椀に口を付けて、うんうんと頷いている。


 ゆずちゃんと千歳が満足げに豚汁を食べているので、聖ちゃんも興味を持ったのか、お椀を持ち上げると、ゆっくりと口を付けた。


「あ、結構美味しい」


 聖ちゃんの目がくるんと丸められる。予想外だったのだろう。


「お味噌? 普段はあんま食べへんけど、へぇ、悪く無いやん」


 聖ちゃんの反応に、千歳はにんまりとしてしまう。


「美味しいでしょ。お味噌はね、薬膳で言うたら身体をあっためてくれて、いらいらとかを落ち着かせてくれるんですよ」


「別にあたし、いらいらしてへんし」


「いらいらや無くても、ちょっと心がささくれ立ってるときとかね、ええでしょ」


「まぁ……ね」


 聖ちゃんは素直に言って、また豚汁を口に運ぶ。


「なぁ、ひじりんは普段、どんなもん食べてるん? 味噌って日本人のソウルフードみたいなもんやん。まぁ、大阪人はあんま味噌食べへんらしいけど」


 そうなのだ。大阪はお味噌の消費量が低い。嘆かわしいことだ。こんなにも栄養満点で美味しいのに。


 しかしお味噌には塩分も多く含まれていて、実はお味噌の消費量が高い都道府県と、脳梗塞発症が多い都道府県は相関関係があるなんて話もある。なので千歳は減塩味噌も適宜使っている。


 聖ちゃんはゆずちゃんに問われ、「ん〜」と考える素振りを見せる。


「家やったら、出張料理人て言うん? その人呼んで、フレンチとかイタリアンが多いな。仕事のときは弁当作らして。大阪の楽屋弁当、しょぼいもん。あ、東京の仕事やったら楽屋弁当食べるけど。結構人気のええもんも多いし」


 なるほど、食生活もかなり豊かな様だ。和食も、家庭料理では無くいわゆる日本料理なのだろう。だったらお味噌をお料理に使うことはあっても、お汁物はお吸い物になるだろう。お味噌汁や豚汁を食べる機会はあまり無かったのかも知れない。


「へぇ、かなりええ暮らししてるんやなぁ。せやからそれがひじりんの常識になってるんや。めちゃめちゃ箱入りやったんやな。人が自分の言うことっちゅうか願いを聞いてくれるんも、当たり前やと思ってるやろ」


「そりゃそうやろ。家政婦はなんでも聞いてくれたで」


 聖ちゃんはしれっと言う。


「そりゃあ、家政婦はそれが仕事やもん。でも雇い主の子の躾までは請け負ってへんかったわけや。ばぁやや無いけど、教育係みたいな人を雇わんかったんが、ひじりんのご両親の敗因やな」


「敗因て何やねん」


 聖ちゃんは少し気を悪くしたのか、ぴくりと眉をしかめる。


「だって、何でも言うこと聞いてくれる人って、そりゃあおるんかも知れんけど、わがまなとか自分勝手とか、そんなんばっかりやったら人も離れてくわ。仕事でスタッフがちやほやしてくれるんは、ひじりんが世間に人気があって、お金を生み出してくれるからや。ちぃ、ひじりんがバラエティとかでどんなキャラか知ってる?」


「ううん、あんまり」


「ずばっとものを言う、小悪魔キャラや。局の編集の手腕もあるんやろうな。せやから生放送にはほとんど出てへん。よう干されんもんやで、強運なんやろな」


「そうなんや」


 千歳は聖ちゃんの存在こそ知っていても、あまり詳しくは知らなかった。毒舌キャラなどはいつの時代にもいて、年齢によってはご意見番的に重宝されたりするが、聖ちゃんはこの調子で、誰もが言いにくいことを言ったりするのだろう。


「全国区ならともかく、関西ローカルやったらそれが受けることも多いから。それで出してもらえてるんやと思う。あんまきつかったら炎上もするやろうけどな」


「あたし、エゴサとかせぇへんから知らん。ネットニュースも見んし」


 だったら、もし自分が炎上していても、気付きにくいかも知れない。ともあれ、聖ちゃんはこれまで思うがままに、芸能界で奇跡の生存を果たしていたのだった。

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