第6話 小悪魔キャラの真実
ギャルソン姿の男性店員さんによって、3杯の豚汁が運ばれてきた。
「お待たせいたしました、豚汁でございます」
そっとテーブルに置かれた大振りの黒塗りのお椀がほかほかと湯気をあげ、それがお味噌とお出汁の風味を届けてくれる。豚汁は品良く7分ほどの量で注がれていた。
千歳の顔は幸せでほころぶが、聖ちゃんの顔はまたしかめられてしまう。
「せやから、いらんて」
「ひと口でええから飲んでみません? 心が落ち着きますよ」
「ああ、お味噌汁とかって飲んだらほっとするやんなぁ」
「せやねん。それも薬膳の効果のひとつやねんて」
「あ、最近はまってるて言うてたっけ、薬膳」
「ちょっとかじってるだけやけどね」
いつまで経っても、まだまだ薬膳初心者の心持ちである。奥が深いものだと思うので、突き詰めてみるのは難しい。千歳はあくまで「ゆるゆる薬膳」の域。それが長く続けるコツだと思っている。
千歳はさっそく添えられていた黒いお箸とともにお椀を取り、ゆるりと沈殿しかけているお味噌をさっと混ぜたら、熱々のそれをそっと傾ける。
しっかりと取られた和のお出汁、お味噌のこっくりとしたふくよかさに、豚肉やお野菜の甘みが溶け出した滋味が、ふんわりと口に広がる。
「……おいし〜い」
何という幸せ。豚汁はただでさえ美味しいのに、お酒のあとのそれは味わいを1段も2段も引き上げてくれる。自然と目が細められ、口角が上がる。
「ほんま。めっちゃ美味しい。具沢山やし、満足感すごいわ」
ゆずちゃんもお椀に口を付けて、うんうんと頷いている。
ゆずちゃんと千歳が満足げに豚汁を食べているので、聖ちゃんも興味を持ったのか、お椀を持ち上げると、ゆっくりと口を付けた。
「あ、結構美味しい」
聖ちゃんの目がくるんと丸められる。予想外だったのだろう。
「お味噌? 普段はあんま食べへんけど、へぇ、悪く無いやん」
聖ちゃんの反応に、千歳はにんまりとしてしまう。
「美味しいでしょ。お味噌はね、薬膳で言うたら身体をあっためてくれて、いらいらとかを落ち着かせてくれるんですよ」
「別にあたし、いらいらしてへんし」
「いらいらや無くても、ちょっと心がささくれ立ってるときとかね、ええでしょ」
「まぁ……ね」
聖ちゃんは素直に言って、また豚汁を口に運ぶ。
「なぁ、ひじりんは普段、どんなもん食べてるん? 味噌って日本人のソウルフードみたいなもんやん。まぁ、大阪人はあんま味噌食べへんらしいけど」
そうなのだ。大阪はお味噌の消費量が低い。嘆かわしいことだ。こんなにも栄養満点で美味しいのに。
しかしお味噌には塩分も多く含まれていて、実はお味噌の消費量が高い都道府県と、脳梗塞発症が多い都道府県は相関関係があるなんて話もある。なので千歳は減塩味噌も適宜使っている。
聖ちゃんはゆずちゃんに問われ、「ん〜」と考える素振りを見せる。
「家やったら、出張料理人て言うん? その人呼んで、フレンチとかイタリアンが多いな。仕事のときは弁当作らして。大阪の楽屋弁当、しょぼいもん。あ、東京の仕事やったら楽屋弁当食べるけど。結構人気のええもんも多いし」
なるほど、食生活もかなり豊かな様だ。和食も、家庭料理では無くいわゆる日本料理なのだろう。だったらお味噌をお料理に使うことはあっても、お汁物はお吸い物になるだろう。お味噌汁や豚汁を食べる機会はあまり無かったのかも知れない。
「へぇ、かなりええ暮らししてるんやなぁ。せやからそれがひじりんの常識になってるんや。めちゃめちゃ箱入りやったんやな。人が自分の言うことっちゅうか願いを聞いてくれるんも、当たり前やと思ってるやろ」
「そりゃそうやろ。家政婦はなんでも聞いてくれたで」
聖ちゃんはしれっと言う。
「そりゃあ、家政婦はそれが仕事やもん。でも雇い主の子の躾までは請け負ってへんかったわけや。ばぁやや無いけど、教育係みたいな人を雇わんかったんが、ひじりんのご両親の敗因やな」
「敗因て何やねん」
聖ちゃんは少し気を悪くしたのか、ぴくりと眉をしかめる。
「だって、何でも言うこと聞いてくれる人って、そりゃあおるんかも知れんけど、わがまなとか自分勝手とか、そんなんばっかりやったら人も離れてくわ。仕事でスタッフがちやほやしてくれるんは、ひじりんが世間に人気があって、お金を生み出してくれるからや。ちぃ、ひじりんがバラエティとかでどんなキャラか知ってる?」
「ううん、あんまり」
「ずばっとものを言う、小悪魔キャラや。局の編集の手腕もあるんやろうな。せやから生放送にはほとんど出てへん。よう干されんもんやで、強運なんやろな」
「そうなんや」
千歳は聖ちゃんの存在こそ知っていても、あまり詳しくは知らなかった。毒舌キャラなどはいつの時代にもいて、年齢によってはご意見番的に重宝されたりするが、聖ちゃんはこの調子で、誰もが言いにくいことを言ったりするのだろう。
「全国区ならともかく、関西ローカルやったらそれが受けることも多いから。それで出してもらえてるんやと思う。あんまきつかったら炎上もするやろうけどな」
「あたし、エゴサとかせぇへんから知らん。ネットニュースも見んし」
だったら、もし自分が炎上していても、気付きにくいかも知れない。ともあれ、聖ちゃんはこれまで思うがままに、芸能界で奇跡の生存を果たしていたのだった。




