第5話 乾杯!
3章 それぞれの役割り
第5話 乾杯!
千歳がお買い物を終えて、お家のキッチンで豚ばらブロック肉の下茹でをしながら他の調理も進めていると、拓嗣くんが帰ってきた。
「ただいま!」
元気な声だ。土曜日の午前診療も患者さんは多いと聞いているが、午前だけなのでそこまでの疲労は無いのだろう。
「おかえり〜」
「少し休んだらすぐに掃除するから。料理の方のお手伝いとかある?」
「ううん、大丈夫やで」
お料理には段取りがある。作るものが決まっていたら、それを先に頭の中で組み立てるのである。特に拓嗣くんはお料理初心者なので、指示はともかく教える方が手間だ。
「お掃除をがっつりよろしくやで」
「はいよ〜」
拓嗣くんはリビングのソファで数分スマートフォンを見たあと、速やかにお掃除に取り掛かってくれる。本当に働き者だ。助かる。
千歳は下茹でが終わった豚ばらブロック肉を、3センチほどの厚さに切っていく。豚の角煮といえば正方形のイメージがあると思うが、その大きさだと、煮るのに時間が掛かり過ぎる。圧力鍋を持っていないので、地道に煮込むのだ。
切った豚ばらブロック肉を鋳物鍋に並べ、お水、だしの素、日本酒、お醤油、はちみつを、お肉が被るぐらいに入れて火に掛ける。沸いて来たらお鍋をぐるりと回し、落し蓋代わりに、穴を数カ所開けたクッキングペーパーを被せた。
マリネに使うブラックオリーブは種抜きのものを買ってきた。トマトはざく切り、きゅうりは乱切りにしてボウルに入れ、レモン果汁とオリーブオイルとお塩で作ったマリネ液で和える。サラダボウルに盛り付けたら、ラップをして冷蔵庫に入れた。そしたら巧く馴染んでくれる。
カルパッチョはお目当の3種のさくを買うことができた。盛り付けるのはあとだが、先に切り付けて冷蔵庫に入れておく。
使うお野菜は玉ねぎとレタス。スライスした玉ねぎは辛味を飛ばすためにバットに広げて空気に晒し、レタスは洗って水分をしっかりと拭ってから手でちぎる。こちらは先にお皿に敷いて、ラップを掛けて冷蔵庫に入れた。
順調順調。今日は兄ちゃんも来ることになっていて、7人分のお料理を作っているのだが、千歳の実家も千歳を入れたら7人家族である。お父さんもお母さんもお仕事をしていて、家事は基本お祖母ちゃんが主にしてくれるのだが、千歳と兄ちゃんもたくさん手伝った。なのでこの量のお料理は慣れているのだ。
ちなみにお祖父ちゃんは昭和脳を患っていて何もしない。ひいお祖母ちゃんは完全に隠居を決め込んでいる。まだ元気で、奇跡の90歳代かも知れない。
そんなこんなで、千歳はさくさくとお料理を進めていく。親兄弟とはいえ人さまをお迎えするのだからと、拓嗣くんもかなり細かくお掃除をしてくれている。良いチームワークだ。
ゴーヤはわたを取ってスライスしたあと、苦味を和らげるために塩揉みをする。今日のメンバーにゴーヤ嫌いはいないが、たまにとんでもなく苦いゴーヤにあたるときがあるのだ。
お豆腐は木綿豆腐を水切りする。すでにキッチンペーパーに包んで冷蔵庫に入れてある。ゴーヤチャンプルは約束の時間を見計らって炒めよう。あとは卵とたっぷりの削り節を使って旨味を足すのだ。
ナムルのわかめは乾燥のものなので、お水で戻しておく。人参は千切りにして、キッチンペーパーを敷いた耐熱皿に広げてレンジで火を通した。粗熱が取れたらペーパーを取り除いてわかめと合わせ、調味料はお砂糖とお醤油、ごま油とたっぷりのすり白ごま。
これで5品。豚汁を入れて6品。充分では無いだろうか。豚の角煮はまだ煮込み途中だし、ゴーヤチャンプルの炒めとカルパッチョの盛り付けもこれからだ。だがやりきった、そんな充実感を覚えたのだった。
17時。拓嗣くんがご両親と千歳の家族を連れて帰ってきた。あびこ商店街の入り口あたりまで来てもらって、拓嗣くんが迎えに行っていたのだ。
「お邪魔しまーす」
皆さん、そう言いながらがやがやと入ってくる。いつもはふたりで穏やかだったお家の中が一気に賑やかになった。拓嗣くんが全員をリビングに通す。ダイニングテーブルは2人掛けのものなので、人数の多い今回はリビングでくつろいでもらうことになっていた。
千歳は時間を見計らい、ゴーヤチャンプルを炒め上げていた。拓嗣くんがお家を出たタイミングでカルパッチョを盛り付け、白だしと柚子胡椒で作ったソースを掛ける。
豚の角煮も少し深さのある器に移し、冷蔵庫に入れておいたマリネやナムルも出した。
取り皿や割り箸、グラスなどももちろん準備済みだ。ドリンクは拓嗣くん以外の全員がビールを希望したので、何種類か買っておいた缶ビールを人数分、冷蔵庫から出した。拓嗣くんはレモン缶チューハイだ。
千歳と拓嗣くんのお酒好きはそれぞれの両親から引き継がれたものなのか、見事に全員が飲兵衛なのだ。もちろん兄ちゃんも。なのでビール以外もお酒はたっぷりと用意してある。
そうして整えられたリビングのテーブルで、全員で乾杯したのだった。




