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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
3章 それぞれの役割り
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第4話 お食事会に向けて

 千歳(ちとせ)のお母さんは、お仕事で必要なのでスマートフォンこそ持ってはいるものの、多くの文字を打ち込むのを面倒がる。なので連絡などはもっぱら電話である。


 千歳の世代は電話が苦手な人も多いが、千歳はお母さんのおかげでそこまで苦手意識を持たずに済んだ。怪我の功名というのだろうか。それに就職をすれば、嫌だなんて言っていられない。メールでの連絡も多いが、今でも電話が掛かってくることは多々ある。


 それは拓嗣(たくし)くんも同じで、クリニックという場所柄、電話は必要不可欠である。以前の総合病院にしても今のクリニックにしても、電話は急を要することが多いのだ。何せ生命に関わる場合もあるのだから。


 晩ごはんのあと、千歳はスマートフォンでお母さんに電話をした。お家の電話にだ。お母さんはお家ではスマートフォンを放ったらかしにしていることも多いので、家電が確実である。ちなみに千歳と拓嗣くんのお家には、家電は引いていない。


『はぁい、設楽(したら)です』


 声からして、お母さんだ。


「お母さん? 私、千歳」


『ああ、はいはい。どうしたん、元気にしてる?』


「うん。お母さんも変わりないみたいやね」


『うちはいつも通りよ〜。何かあった?』


「うん、あのね」


 千歳は食事会のことを伝える。するとお母さんは「あらまぁ!」とはしゃぐ様な声を上げた。


『新居に呼んでくれるん? 嬉しいわぁ〜。いつ?』


「それを決めたくて電話したんよ。お父さんとお母さん、土日でいつ空いてる? 兄ちゃんは?」


千景(ちかげ)はわからんわ。でもお父さんとお母さんは、たいがいいつでも空いてるで。お父さんにも聞いてみるけど』


 兄ちゃんも社会人になった歳に独立している。阿倍野(あべの)のワンルームマンションだ。阿倍野は天王寺と隣接している街で、ほぼ一体化していると言って良い。商業施設や飲食店も多く、ひとり暮らしには便利な街である。


「わかった。ほな、拓嗣くんのご両親のご都合聞いてみるね。予定とか変わったら電話ちょうだい。お家でやるし、兄ちゃんの都合はぎりぎりでも大丈夫やから」


『分かった。楽しみにしてるわね〜。あ、拓嗣くんは元気? 風邪は?』


 お母さんには拓嗣くんが風邪を引きやすい体質であることは話してある。


「この前1回引いた。結婚して初めてやったわ。でも1日で治った」


『引いたんはあれやけど、良かったやん、いつも2、3日引きずるて聞いてたからねぇ』


 そういえば。千歳もそう拓嗣くんに聞いていた。1日で済んだのだから、そのときはたまたま軽かったのだろう。


「うん。そんな感じやから、また電話するね」


『はぁい、待ってるわね〜』


 お母さんは始終ご機嫌で、通話は終わった。お母さんは明るくて呑気なタイプで、いつでもにこにこしている様な人だった。だからなのか、千歳はあまり反抗期の様なものがあった記憶が無かった。それは多分兄ちゃんも。兄ちゃんが荒れたりした覚えは無かったし、あのお母さんののんびりとした笑顔に毒気を抜かれていたのだろう。


 お母さんは、プライベートではあまりものごとを深く考えない人である。それがお母さんの柔らかな空気感を作り出していたのだと思う。たまに「おいおい」と思う様な天然ともいえることもあったが、それすらも許せる様なキャラクター性だった。千歳とは似ていない。どちらかというと兄ちゃんがそれを受け継いでいる。


 さて、拓嗣くんのご両親のご都合はどうだろうか。当日は何を作ろうか。拓嗣くんにも聞いてみよう。




 両家交えてのお食事会、それは9月中旬の土曜日になった。拓嗣くんはお昼過ぎまでお仕事だが、お外でお昼ごはんを食べて帰ってきたら、すぐにお掃除などをしてもらえる。


 千歳はお昼ごはんのあと、お家を出てスーパーに向かった。業務スーパーで買える冷凍野菜などは冷凍庫にまだストックがあるので、今日主に買うのは生鮮食品だ。作るものはあらかた決めているが、食材のお値段によっては変更もやむなし。節約は大事なのだ。


 豚汁は締めにも良いので当然作る。今回は具沢山のものが作れるので楽しみである。拓嗣くんのリクエストは、豚の角煮だ。これはどうしても時間が掛かるので、お休みの日にしか作れない。


 お魚は、奮発してカルパッチョにする。この時間なのでお値引き品は無いだろうが、代わりに新鮮だろう。まぁ、食べるのは夜なのだが。サーモン、鯛、まぐろあたりがあれば、彩りも綺麗にできそうだ。


 お野菜や海藻だって取り入れたい。今はまだ夏で、両家の親は暑い中来てくれるのだから、熱を冷ます寒性や涼性の食材も使いたい。きゅうりとトマト、ブラックオリーブでマリネを作ろう。


 寒性で苦いといえば、ゴーヤ。千歳の両親はもちろん、拓嗣くんのご両親も食べられるということだから、ゴーヤチャンプルも作りたい。組み合わせるお豆腐は涼性、卵は平性なので、差し引きしたらゴーヤチャンプルは身体を冷ますお料理ということになる。


 本来なら温性である豚肉も使うが、角煮と被るし、こちらでは使わずにあっさりとした味にするつもりだ。代わりにごま油でコクを足そうと思っている。


 海藻はわかめを使おう。赤いお野菜である人参と合わせて、ナムルにする予定だ。


 他は、お買い物に行って決めることにしよう。千歳は額にやんわりと汗を浮かばせながら、あびこ商店街にあるスーパーに向けて歩いて行った。

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