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わたしたちのゆるり薬膳生活  作者: 山いい奈
2章 千歳と拓嗣くんのなれそめ
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第4話 ふたりのこれから

 群青(ぐんじょう)くんとの昼飲みを始めて2時間ほどが経った。土曜日だということもあって2時間制になっていて、そろそろお開きである。まだ13時前なので、解散するには早いといえば早いのだが。


「このあと、酔い冷ましにお茶飲まん?」


 群青くんに誘われて、千歳(ちとせ)は「うん」と軽く返事をした。


 お昼過ぎなので、このあたりのめぼしいカフェはお客でいっぱいかも知れない。ということで、てんしばに向かうことにした。もう真夏のごとく暑い今、てんしばの炎天下は苦行とも言えるが、飲食店が何軒かあり、席があればラッキー、無ければすぐ近くの階段からあべちかに降りれば良い。


 てんしばは芝生が広がる大きな公園である。先述の通りカフェやレストランなどもあるのだが、気候の良いときなどにはシートを敷いてくつろぐ家族連れやカップルなどがいたりする。お子さんを遊ばせるのにも良い空間である。


 奥には天王寺(てんのうじ)動物園のてんしばゲートがある。ゲートは新世界側にもあって、そちらは新世界(しんせかい)ゲート。この2拠点がいかに近いかが知れる。実際、天王寺から通天閣が大きく見えるのだ。


 あべちかはその名称の通り、阿倍野(あべの)の地下街。多くがレストラン街になっていて、こちらでも昼飲みすることができる。そういうお店が集まっている通り、あべの横丁があるのだった。もちろん別の場所にはカフェもある。


 てんしばに着いてカフェを巡ると、幸いすぐに通してもらうことができた。席に着き、千歳はアイスコーヒー、群青くんはコーラを頼んだ。さっきのフレンチマンも含め、これまで頼んでいたお酒のラインナップを見ても、群青くんは甘党なのだろう。


 お腹はいっぱいなので、フードは頼まない。やがてドリンクが運ばれてきて、ストローでアイスコーヒーをつうと吸い込む。お酒でふんわりとした身体に冷たい苦味が心地が良い。


 それぞれのドリンクが半分ぐらいになったころ、群青くんがさっと姿勢を正す。


「あの、設楽(したら)さん」


「ん?」


 群青くんはほんの少し顔を赤くして、言い淀む様に口をあわあわさせる。どうしたのだろうかと千歳が小首を傾げると。


「僕と、お付き合いしてくれませんか?」


 小さな小さな声で、でも千歳の目を見て言ってくれたから、かろうじて千歳の耳に届いた。そのせりふは、千歳の心を大きく波立たせる。だが決して不快なものでは無かった。


 群青くんとはまだ数回遊びに行っただけ。ふたりきりは今日が初めて。だから群青くんの人となりはまだあまり良く分からない。だがさっきまでいたフレンチマンで感じた心地良さは、千歳との相性が良いからなのでは無いだろうか。


 細かいところはこれから知っていけば良いのでは。少なくとも、これまで群青くんに悪印象を抱いたことは無かった。


「……あの、もちろんお試しでええから、考えてもらえたら」


 また蚊の鳴くような声が千歳に届く。そうか、あまり深く考えなくても良いのなら。まずはお試しで良いのなら。


 この考え方は、群青くんに失礼かも知れない。でも最初は皆、そういうものでは無いだろうか。お互いさまである。群青くんだって、きっと千歳のことはあまり知らないのだから。


「群青くん、あの、よろしくお願いします」


 千歳が言うと、群青くんの目がはっと見開かれる。硬く結ばれていた口が震える様に開いた。


「ほんまに……?」


「うん。お試しって、あの、あれやけど、まずは群青くんのこと教えて欲しいなって」


「ありがとう!」


 群青くんの声がぐっと大きくなる。その顔は歓喜で彩られていた。千歳も何だか嬉しくなる。心がほっこりとする。


「こちらこそ、ありがとう。これからどうぞよろしくね」


「こちらこそよろしくな! うわぁ〜、嬉しい〜!」


 群青くんは両手で小さくガッツポーズをして喜んだ。




 それから、千歳と群青くん、拓嗣(たくし)くんのお付き合いが始まった。月に何度かふたりで遊びに行った。何回かは拓嗣くんが風邪を引いて、キャンセルになった。拓嗣くんが風邪を引きやすい体質だと知ったのはそのころだった。


 拓嗣くんは夢を叶えるためにお勉強をがんばっていたので、千歳はそれを応援した。千歳は恋愛に関する情熱などが薄いのかも知れない。お勉強を二の次にして欲しいなんて思わなかった。千歳にだって、一応夢はあったのだから。


 家族には、兄ちゃんにだけ拓嗣くんのことを打ち明けた。


「良かったやん。あの子、ええ子そうやったし、直接言うてくれたところに誠実さを感じるわ。これまでの男、DMとかで軽く言うてくるとかそんなんやったんやろ?」


 そう、好意的に受け止めてくれた。


 カレンちゃんにももちろん報告した。直接言いたくて、週末に時間を作ってもらって飲みに行った。天王寺、裏天王寺と呼ばれる昭和の風情が残る阪和(はんわ)商店街の中の、レトロな居酒屋だった。


「おめでとう! 良かったやん。群青くん、前も言うたけど、ええ人やと思うし」


「そう?」


「うん。奥手っぽい人かなーって勝手に思ってたんやけど、顔見て言うてくれるなんて漢気あるやん。やるなぁ」


 カレンちゃんはそんなことを言いながら、楽しそうにハイボールを傾けた。




 それからひとまずは順調にお付き合いが続いて数年が経ち、拓嗣くんは千歳にプロポーズをしてくれた。あべのハルカス中階層の夜景が見えるレストランで、指輪も用意してくれた。イベント好きな拓嗣くんらしい演出である。


 そのときには拓嗣くんは夢を叶えていて、日々充実した日々を送っていた。拓嗣くんの風邪の引きやすさは相変わらずだったが。翌年の6月に結婚式を挙げたいからと、プロポーズは7月、千歳と拓嗣くんが交際を始めた月だった。


 レストランでのディナーも最初は交際記念日ディナーと言われていたのだ。拓嗣くんのイベント好きは知っていたので、何の疑問も持たなかった。だからプロポーズには驚いた。


 本当なら、交際記念日にプロポーズをしたかったらしい。だが暦はそう都合良くはいかない。同じ曜日が巡ってくるのは7年ごとである。それまで待っていれば、千歳も拓嗣くんも20代後半になってしまう。千歳は別に構わないが、拓嗣くんが千歳と結婚したいと思ってくれるタイミングがそれより早く訪れた、それだけだ。


 そうしてふたりは夫婦になるべく、動き出したのだった。

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