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イデア  作者: すだちポン酢
シュトレス編
8/16

初仕事、尊敬の意味

 先輩の、見てはいけないところを見てしまった。

謝っても許してくれなさそうだし…。

…そろそろ着替えたかな。

そう思って部屋へ戻ると、もう先輩の姿はなかった。

僕が使ったのとは別の階段でもう外へ出てしまったんだろう。

時計はまだ5時を指していないが、

僕も一人で図書館へと向かった。

まだ朝早いと言うのに、

街のパン屋からはいい匂いがする。

朝ごはんを食べようかとも思ったが、

今はそういう気分じゃない。

図書館のバイトが終わったらでいいだろう。


 図書館へは10分と少しで着いた。

普段より歩くのが早かった。

図書館に行けば、先輩と少し話せると思っていたが、

まだ先輩はいなかった。

パンでも買って食ってるんだろう。

財布の中の金は、昨日の夜より減っている。

…もう、一緒に行動とかしてくんないのかな。

そんな事を考えながら、

図書館の重くガッシリとした扉を開けた。


 本の匂いだ。

日本の図書館とはまた違った匂い。

でも、やっぱりこういう匂いは好きだ。

トトトトトト。

奥の方から何やら走ってくる音がする。

書架の間から現れた小さな影は、

そのまま僕のもとへ走ってきていった。

「お手伝いの冒険者さんですか?」

…子供?

見た目もそうだが、声も幼い。

「そうです。あと一人、遅れてきます。

えっと、司書さんですか?」

どう見てもそうは見えない、

目の前の幼女に聞いた。

「はい!8年前からここで働いています!」

8年…。

ちょうど8歳くらいに見えるけど…。

「失礼ですが、ご年齢は?」

尋ねてみると司書さんは頬を膨らませ、

「小さいからって馬鹿にしてるでしょ?

働き始めたのは11才。今はもう19歳。

大人なんですよ?」

なんと…。

先輩は155くらいで小柄だったけど、

この人先輩よりちっちゃい。

140台かもしれないぞ…。

でも、僕も165で小さい方だし人の身長はとやかく言うまい。この人も気にしてるみたいだし。

「すいませんでした。

お仕事の内容を教えてもらってもいいですか?」

素直に謝ると、司書さんは少し驚いた顔をして、

「あ、そうですね。お仕事なんですけど…。

えっと…、お名前は…?」

おっと、名乗るのを忘れていた。

「申し遅れました。

僕は、タチバナミヅキといいます。

今日はよろしくお願いします。」

改めて頭を下げる。

こういうのはきっちりやらないとね。

「ミヅキさん。お願いします。

私はこの図書館の司書、アリスと申します。」

小さな司書さん、

アリスさんはそう言って頭を下げた。


 「今日ミヅキさんに頼みたいのは、

この書架の蔵書のチェックです。

このリストに載っている本がこの書架の蔵書。

こっちが貸し出し済みの本一覧。

蔵書に記載があるのに、

この書架にもこっちのリストにもなければ、

それは盗難書なので、警察と中央局に届け出をしないといけません。」

なるほど。

図書館は多分向こうと一緒で税金で運用されている。

本も当然みんなの税金から用意されてるわけだから

それが窃盗されたとなると一大事か。

にしても、

「大変そうですね…。」

この量の本とこの量のリスト。

そりゃ5時半開始なわけだ。

図書館が開く8時半までに終わらせないと。

「報酬はきっちりご用意してます。」

笑顔でアリスさんはそう言った。

「頑張ります。」

報酬も勿論大事だが、

…アリスさんはこれを一人でやることもあるのかな。

そりゃ、誰も助けに来てくれなかったら、

しょうがないよな。

その時、誰が報酬を与えるんだろう…。

みんなの税金で買ったものを守る人に、

誰が報酬を出しただろうか。

僕は…、アリスさんが用意してくれた報酬を、

果たして受け取れるだろうか。


 地獄の作業を覚悟していたが、

この作業は案外単純だ。

アリスさんが用意してくれた2つのリストにはどちらにもチェックボックスがあった。

まず本のタイトルを見る。

リストから探す。

チェックを入れる。

見落としがないかをチェックしながらやっていると、

時間は掛かるが…。

というか、先輩は来たのか?

まぁ、今顔を合わせて、何を話せるだろう。

いいか。

今は目の前の作業に集中だ。


 ……終わった〜。

2時間半くらいかな。

今時計は8時になったばかり。

アリスさんにもいい報告ができる。

盗難書、というのは聞いたことがなかったけれど、

実際にあるんだろ〜な〜。と思っていた。

が、僕の担当したところはゼロ!

これはアリスさん喜ぶかな〜。

『受付』

と書かれたところに、アリスさんは座っていた。

「ミヅキさん。終わりましたか?」

こちらに気づくと、アリスさんは席を立ってカウンターを越えてこっちまで来てくれた。

「終わりました。盗難ゼロです!」

チェックボックスがすべて埋まったリストを出す。

「そうですか。それはよかった。」

アリスさんは笑った。

「それじゃ、約束の報酬です。」

アリスさんはリストを持ってカウンターの向こうへ行き、今度はお金の入った小袋を持って帰ってきた。

「約束の20クルスです。ご確認を。」

小袋の中には確かに20クルスが入っていた。

…もしかして、先輩にも20クルス払うつもりか?

「あの、さっき僕が言ったもう一人って…」

「あぁナナさんですね!もちろん!

20クルスはご用意してありますよ!」

ビンゴ…。

そりゃ有り難いけどさ。

「あの…、アリスさん。」

用意した20クルスを見せるつもりだったのか、

カウンターへ向かっていたアリスさんを呼び止める。

「なんでしょう?」

少しアリスさんは不安そうだった。

「アリスさんの報酬は、何ですか?」

さっき少し考えたことが、やっぱりまだ残っている。

「え、それは、お二人のお力添えが、私にとっての報酬ですよ?」

アリスさんには伝わってない。

「違くて、アリスさんがこの作業をしたときの報酬って、何なんですか、という質問です。」

アリスさんは少し困ったように、

「司書は公務員なので一律で月々4000クルスずつ

月収が入りますよ?」

そうじゃなくて……。

もう…、

うまく言えない自分が嫌だ。

「この仕事って、こんな、20クルスなんて高賃金出すほどなんですか?」

この仕事を侮辱しているわけではない。

でも、月々4000クルス。

そして今日だけで出費は40クルス。

安くない。

それほど価値のある作業だったとして、

なら、アリスさんの収入はもっと高くていいと、

そう思った。

「私一人だと、大変なの。」

アリスさんは話し始めた。

「私はほら、小さいでしょう?

だから、上まで見えないんです。

踏み台を使っていたら、足をくじいてしまって。

それでこの作業のときは冒険者さんに助けてもらおうと思いました。

でも、皆さん図書館に興味なんかなくて。

それでも誰かに手伝ってほしくて、報酬もうなぎのぼりに…。」

なんだか、最初に聞きたかったこととはまた違った話だったけれど、

その話を聞けてよかった。

それならば、僕は…。

「僕らは、わけあって3年以内にイルキュレムに行かなきゃいけないんです。だから、この街には、あまり滞在できないけれど、いる間、余裕ができれば来ます。それで、お手伝いを、今度はお金はいりません。

お手伝い、させて下さい。」

どうしてだろう。

前までそんなことはなかったように思うけど、

頑張っている人に、

頑張っている人と、肩を並べたいと思った。

この、小さな司書さんのお話に、

僕の心は動かされた。

お金が欲しくて始めたことを、

むしろ、無償でやらせてほしいと思うほどに。

「いいんですか…?」

アリスさんは目を見開いた。

「いいというか、むしろ、それくらいして当然かと。僕らはここを、本当の負担の1割も背負わず使えているんです。この作業分くらい、ここを使えることだけで、僕らの報酬には十分です。」

そうだ…。

最初から僕はこれが言いたかった。

20クルス。報酬が減ってしまうけれど。

「ここ、今度は利用者として来ていいですか?」

アリスさんへ彼女のお金の入った小袋を返す。

彼女はそれを受け取って、目を伏せて話し始めた。

「私、足をケガしてから、

なんだかここの仕事辛くなってしまって…。

利用者の方にも、何もしてないくせにって、

イライラしてしまって、

お仕事の報酬上げる度に、なんだか悔しくて…。

ミヅキさん…。」

―!!

トン、とお金の入った小袋を僕に突き返して、アリスさんは続けた。

「あなたのお話を聞いて、

それじゃだめだって、気づけました。

利用者さんに手伝わせるなんて、

利用者さんあっての図書館、なんですから。」

伏せて目をあげて、僕を見た。

その目は、熱く、優しく、燃えていた。

今日見たどの彼女より、その顔は真剣だった。

「単純な話です。

この図書館は私のもの。

これが、私の『仕事』。

私は、シュトレス図書館の、司書なんです。」

そう言って、彼女は笑った。

さっきまでの笑顔とは違った。

確かに、そこには彼女のこの仕事への矜持があった。

かっこいいな。

僕は最初にアリスさんを見たときとは全く逆の印象を、このアリスさんに抱いた。

今でも小さく幼く見える彼女なのに、

なぜか、見上げているような。

尊敬。

日本にいたとき、

年上の人を尊敬しろ、とよく言われた。

普通に考えれば、年上の人の方が経験が豊富で知識も豊か。できることだって多い。

でも、事件を起こすのも、身近なヤバい人も、

年上ばかりだった。

特に兄。

兄は自分の部屋をゴミ屋敷にして、

空いた部屋に住み着きそこにもゴミを溜めるような人だった。

そのうえ癇癪もちでよく暴れた。

尊敬できる要素なんか一つもない。

でもよく親も兄自身も僕に言った。

「尊敬しろ。」と。

そんなだったから、僕はあまり『尊敬』が分からなかった。年上にするもの、としか。

でも、今わかった。

『尊敬』は自分から自然とするものだ。

しろと言われてするのではない。

尊敬される人。

尊敬されるにたる人。

それを僕は生まれて初めて知った。

 

 「来てくれるの、待ってま〜す!」

図書館の入り口まで見送りに出て、

アリスさんは手を振った。

こっちの世界、その見送りは文化なのかな。

…また来よう。

また、あの司書さんに会おう。


 

 異世界生活4日目。

初めてのバイトで、僕は初めて『尊敬』を知った。


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