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イデア  作者: すだちポン酢
シュトレス編
7/16

喧嘩するほど、なんとやら

 最高のパン屋も見つかった。

これで日々の利益は15.2クルス。

日本円で約608円。

日給608円。やっす。

でも、赤字になりそうだった最初と比べれば十分だ。

僕らはいったん宿に戻ってきた。

今日買ったものたちを置いて、いよいよ、風呂探し。

メインストリートに銭湯らしき建物はなかったが、聞き込みをすればきっと見つかる。

この世界、建物は古いけれど制度だけは立派。

ローマのカラカラ浴場みたいな公衆浴場もきっとあるはず。


 「よくじょう?エロイなお前。」

「風呂ってなんだよ。汚れを落とすんなら水浴びだろ?」

「あ?ンなことも知らねえのかよ。あっち行ったとこにあるセルタ川に決まってんだろ?」

聞き込み調査の結果、この世界の人たちは汚れは川で落としているらしい。

セルタ川へ行ってみると、布一枚の状態で男女が入り混じって河原で体をふいていた。

よくじょうよりこっちのほうがエロいだろ。

そんな通行人への突っ込みはいい。

これは…、

「どうします?ナナさ…」

いない?!

ってもうわかってますよ。

こういうときだけやけにあの人は行動が早いんだ。

取り合えずタオルは持ってきているので、僕も体をふくことにした。

体をふいている間、先輩の姿は見なかったが、まぁとにかく、いろんなものが見れた。

男女問わず、立つところが立っていたり、出るとこ出ていたり。

食欲が失せた。

せっかく最高のパン屋を見つけたのに。


 体をふき終わって土手へ上がると、もう先輩が待っていた。

「おお。よかった。どっか行っちゃったのかと。」

手を振りながら先輩は笑顔で言う。

「そんなことするわけないでしょ。それにしても、体拭くだけでこんな目にあうとは。」

「あはは。異世界は大変だね。」

そうだ。

ここは異世界なんだ。

この景色も。

この服装も。

日本にいちゃ経験できないことだった。

それを体験できたのは、よかったのかな。

「まぁ、ゆっくりまったり帰りましょう。」

なんだか、日本へ帰るのも、それでいい気がした。

お金の心配はもうほぼないし、

三年は長い。

日々こんな風にいろんなイベントが起こるんだ。

急いでちゃもったいない。

そんなことを考えながら、僕は先輩と宿屋への帰路に就いた。


 …失念していた。

僕と先輩は同部屋なんだった。

せっかく体をふいたから早く着替えたくて、部屋についていきなり服を脱いでしまった。

先輩からしてみたら同部屋になった男子がいきなり服を脱ぎ始めたわけだから、

そりゃ当然怖いわけだ。

部屋の隅の方へ行ってしまった。

「ごめんなさい!これは、ただ着替えようとしただけなんです。せっかく服も買ったし。」

急いで服を着なおしてから弁明する。

「わ、わかってるよ?どうしたの、急に。」

部屋の隅に縮こまったまま先輩は言う。

体育座りっていうのがもう警戒心マックスだろ。

「すいません本当に。いきなり脱ぐとか、やばいですよね。」

すいません、ともう一度謝罪をすると、ようやく先輩は立ち上がって、

「本当だよ。やばすぎて引いたよ?お着換えなら、私外出て待ってるよ。終わったら呼んでね~。」

今の今まで縮こまっていたのが嘘みたいに元気になった。

やっぱわからん人だな。

でもまぁ、嫌な思いをさせてしまっただろう。

何か一つ、彼女が望むことをかなえて罪滅ぼしさせてもらおう。


 僕は今朝の服屋で上を2着、ズボンを一本、下着を何個か買った。

せっかくだしそれを着ようと思ったが、もうこの後外出もないので、

普段から着ていた制服に着替えた。家でもワイシャツのままゴロゴロなんてよくやっていたし、

これが一番落ち着くんだよな。

「着替えました。どうぞ。」

外で待ってくれている先輩に声をかける。

先輩は仲を少し覗くと、はぁ、とため息をついて中にずんずん入ってきた。

「な~んで制服?異世界衣装じゃないの~?」

残念そうだ。

「それは明日の朝に持ち越しです。」

「えぇ~、私は寝間着に着替えるから外出てて。」

寝間着!!

待て変なことは考えるな。

おちつけ。

さっきの川のあの風景を思い出せ。

おぇ~~~。

すべての煩悩は消え去った。

「はい。」

素直に部屋の外へ出る。

あぁ、軽くトラウマだぞこれ。

先輩の寝間着か。

ドアを閉めたが、

ん?

聞こえる、衣擦れが、聞こえる!?

昨日泊ってみて、

まぁわかってはいたが、

この宿は壁が超薄い。

小学生の読書感想文くらい薄い。

だからこのくらい聞こえてしまうのか。

だめだ。我慢だ。

こっちに来る直前もテスト勉強でずっと我慢していたから、

限界…!!

「げぇっぇぇ。」

え。

トイレへ駆け込もうとした瞬間に空気を切り裂く低い音が廊下に響いた。

…超特大ゲップ。

お向かいさんからだ。

「ごうぇぇぇぇぇっぇ。」

すっご。

2発目。

酒飲んでんのか?

まぁ夕暮れ近いしいいのかな。

「ちょっと、瑞樹君?ゲップやめてよ!」

中から先輩に怒られた。

俺じゃないのに。

「げぇあぁ、すいません。」

お向かいさんが謝罪した。

聞こえてたのかよ。

なんだかおかしくなって笑ってしまった。

僕は何に葛藤していたんだっけ。


 先輩の寝間着は僕が買った半そでのシャツに似ていた。

確かにあのシャツ柔らかいし、寝るのにはいいかな。

でももう僕は寝るときはワイシャツって決まっちゃってるからな~。

まぁしょうがない。

部屋の隅に畳んであった布団を広げて横になりつつ、

お仕事案内所で受け取った依頼書を見返す。

明日の朝、5時半にシュトレス図書館に集合。

小麦の依頼は時間帯問わずって書いてあるけど、

居酒屋が夜に来てほしいらしいから

昼、小麦畑。

そして夜が居酒屋。

あの怖い店か~。どうしよう。

というか、普通に着替えてしまったけれど夕飯がまだじゃん。

「そういえば、ごはん。」

先輩も思い出したらしい。

あのパン屋のばあさんが待ってるんだよ。

立たなきゃなのに、立てん。それに、もう一家着替えなおすのは面倒だな。

今日は夕飯も我慢するか。

どうせ明日からがっつり食べられるようになるんだし。

「私行ってくるよ。パン屋さんの位置はわかってるし。」

先輩が立ち上がった。

「え、じゃあ僕も行きますよ。すぐ着替えるんで待っててください。」

まだそんなに暗くないとはいえ、ここは異世界。

女子一人は危険だろう。

「いいよ!待ってて。」

えぇ、

「そういうわけにもいかないですって。」

「いいから待ってて!」

押し問答の末、僕は負けた。

もともと押しには弱いんだ。押すのも弱いし。

口喧嘩なんて勝ったためしがない。

そうだ。先輩はもう18歳かもしれない。

大人なんだ。

未成年の僕が守るとか、調子乗ってんのか。

…いや違うっしょ??!!

さすがに心配だ。帰ってきてくれるよね??


 …まずい。帰ってこない…。

先輩がパン屋に向かってからもう30分もたってる。

なんで帰ってこない?

あのパン屋にいって帰ってくるだけだろ?!

誘拐?

それはまずい…。

先輩が大変だ。

とにかく探しに行かないと、でもどこ??

とりあえずパン屋?警察?聞き込み?

あぁ~~~!!

 一心不乱に宿を飛び出し、あのばあさんのパン屋まで急ぐ。

先輩…!!

なんでこんなに、あの人のために走ってんだろう。

走るのは嫌いなのに。

なんでか、あの人は放っておけない。

なにか、大切なことを、僕は忘れている気がする。

……あ。

あのパン屋、遅ぇんだった。

目的地に着く直前で思い出した。

そうだ。昼も50分くらい待たされたんだった。

あぁ~。馬鹿もう~。

30分なんて心配するほどじゃなかったわ。

なんだこの休日に学校へ急いだみたいな。

労力無駄にしたこのやるせなさ。

店を覗くと、やっぱりそこに先輩はいた。

「瑞樹くん!」

びっくりしたようにこちらを見る。

そりゃそうだよな。

「ごめんなさい。やっぱ心配で。」

なにをやってるんだ、僕は。

あんまりに恥ずかしい。

あると思ったものが見つからなかったときの絶望感は向こうの世界でも経験できる。

明日提出の課題が見つからない。

お金関係の書類をなくした。

生徒手帳がない。

そして、それを見つけたときの安心感も。

「でも、よかった~。」

それと同じものを感じて、一気に足から力が抜けた。

「フッ、フッフフ。」

先輩は笑って、

「そっか、ありがとう。」

そういった。


  僕はその笑顔を、どこかで見たような気がした。


 4日目の朝。

僕は4時に目を覚ました。

今日は、人生初のアルバイトの日!

気合い入れるぞ。

先輩を起こさないように気を付けつつ、部屋を出る。

この宿には共用のトイレと洗面台がある。

ひとまず用を足して、洗面台で顔と歯を磨く。

部屋に戻り。昨日買った服に着替える。

半そでのシャツに薄手のベストみたいな変なのを着る。

これぞ、異世界人。

だいぶこっちの生活にも慣れてきたな。

先輩はまだ寝ている。

時計はそろそろ4時半を迎えそうだ。

起こした方がいいな。

ここから図書館まで15分ほど。

準備に30分は欲しいだろう。

僕らは日本人なので5分前行動。

余裕を持つためにはもう起きてもらわねば。

「ナナさん。朝ですよ。」

きれいな寝顔だ。まつ毛も長い。

思わず見惚れてしまいそうだ。

起こしながら、僕は僕に我慢しろと言い聞かせ続ける。

何とは言わないが起きそうだ。

「んん。」

横向きに寝ていた先輩があおむけになった途端。

見えてはいけないものが見えてしまった。

なんで、紐ほどけてんの…。

胸元の紐がほどけて、先輩の、あの、その…。

ていうか、なんで、

なんで何も着てないんだ~~!!

思わず体を引いてしまい、

ゴンとしりもちをついてしまった。

「あ、おはよ~瑞樹くん。」

その音で先輩は起きてしまった、いや、起きてくれたのか?

「おはようございます。」

言いながら、僕がそっぽを向いているからか、先輩はモゾっと起き上がってきた。

思わず体を反転させて壁を見つめる。

すると先輩は僕の両肩に手を置いて言った。

「ど~したの~。そっちになんかあるの~?」

いやあるのはあんたのほうな?

それと寝起きの時は甘えんぼなの?

あと!背中に柔い感触が…!!

もう限界だ。これ以上は危険すぎる。

「先輩、ずいぶんと攻めた格好ですね。」

右肩から覗いてくる先輩の視線から顔を背けて言った。

先輩は自分の格好を見て急いで隠した。

「…見たの??」

今回ばかりは怒気をはらんでいる。

耳どころか首まで真っ赤になってそう聞いてきた。

「起こそうとしただけなんです!見ようとしたわけではなくて!」

慌てて向き直り弁解する。

昨日もこのやり取りしたぞ。

ていうかどっちがはだけても男子のせいになんのかよ。

「ホントに?まさか瑞樹君がやったなんてこと…」

背中を向けたまま先輩はとんでもないことを言う。

「冤罪です!!本当です。信じてください!」

なんで、こういう時男子は弱いんだ、

「着替えるからあっち行って。」

まだ怒ってる~。僕が悪いの~??


 なんだか部屋の前で待ってるのも気まずくて洗面台まで逃げてきてしまった。

顔を洗う。

鏡を見る。

水道があるのはすごいな。

風呂もあってほしかった。

なんてことを考えてみる。

みるが…!!

怒ってるよな~~絶対。

今日から一緒に働くっていうのに。

はぁ…。

 こんなに幸先悪いスタートは、初めてだ。

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