表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イデア  作者: すだちポン酢
シュトレス編
6/16

金は城、金は石垣、金は堀なり

 今日は異世界に来て3日目。

人生初のバイトが待っている。

…と、思っていたんですが。

「お仕事は前日までに申請いただかないと、依頼主への伝達もありますし。」

え?

昨日はそんなこと言ってなかったよね。

朝起きて朝食も食べずにお仕事受付まで行ったら、

前日までに申請がいるとのこと。

「じゃあ、今日は仕事を受けられないと?」

「そうなりますね。申請なさいますか?」

「…はい。」

 昨日絞り込んだ5つの候補は運よく残っていたので、

明日、居酒屋、図書館、小麦畑で働くことにした。

1日3つもバイト掛け持ちとは多すぎるが、そうでもしないと日々の生活が赤字になってしまう。

食費も抑えないと。


 とりあえず、昨日の出費は、

パンが2人で15クルス、宿泊費で80クルス、夕飯で36クルス。

今日も宿泊費80クルスが持っていかれるので

出費は合計211クルス。

明日の収益の予定が80クルス+賄い飯。

あれ?3つ受けて昼メシ抜いても赤字じゃん。

今日の飯代は、抑えないと。

この街であまりお金を減らしたくはない。

日本ではしたことなかったけれど、

飯の度に値切り交渉でもしないと。

参ったな。

朝夕をサンドイッチを1クルスずつ値切って食っても13クルスは出さないといけない。

もう少し高い依頼を受けてもせいぜい100クルス稼ぐのが限界。

毎日7クルスずつしか利益が出ない。

値切れなかったら5クルスずつだ。

毎日200円か〜。

もうすでに211クラス以上の出費は確定。

この街には11日以上いないと利益が出せない。

もっと安い宿を探せ。

 

 「そちらの宿がこの街だと最安ですね。」

ですよね〜。2人で80クルス。1人あたりは1600円。

格安ですよね。

あ〜。困った。


 「二人で別々の部屋だから高いのでは?」

仕事案内所にあった机とテーブルに向かい合って座っていたら、先輩がそんな事を言いだした。

「一部屋なら安くなるはずだと?」

「そう。」

そうなのかもしれないけど…それは、ねぇ?

「一緒の部屋って、いいんですか?」

「もうしょうがなくない?一昨日もそうだったんだし。」

開き直った。ならいいのかな〜。


 「2人で一部屋を使いたいと?」

宿屋に戻って部屋を取り直したいと言うと、

明らかに店主の機嫌が悪くなった。

これは先輩ビンゴなのでは?

「はい、いくらになりますかね?」

はぁ、ため息をついて店主は言った。

「一泊で60クルスです。」

おぉ〜〜!!

これなら普段の仕事を頑張らなくても黒字にできる!

先輩と手でグッドマークを送り合った。

「そっちでお願いします!」


 案内された部屋は確かに昨日の部屋より広かった。

こういうときって布団が一個しかなかったりするんだよな〜と思っていたが、ちゃんと二人分あった。

街の雰囲気と違って、この宿は和風だ。

敷布団が二人分、壁に寄せられてたたまれている。

そういえば、昨日おとといと風呂に入っていないな。

服とかも欲しいし。

「ナナさん、ちょっと町で必需品をそろえませんか。」


 また戻ってきたシュトレスのメインストリート。

馬車用の道を挟んで歩道があり、その歩道に沿って店が立ち並ぶ。

そのうちの一軒にこの世界に来て初めての服屋があった。

「いらっしゃい。好きに見ていってね。試着と裾上げ応じてるよ。」

中に入ると、これまたふくよかな女性が対応してくれた。

どんな服がいいかな。Tシャツなんかはないし、

う~ん。

「瑞樹くん。これ、どう?」

男性服と違ってより取り見取りな女性服から先輩は一着えらんで取り出した。

ザ・清楚。純白のワンピースですか。

日本だと女性の勝負服になりそうなチョイスだけど、こっちの世界の女性はワンピースばっかりだ。

たまに、十二単みたいに重ね着してる人もいるけれど。

「いいんじゃないですか。よく似合ってます。」

そんなこんなで先輩と僕はとりあえず一通りの衣服類をそろえた。

先輩が合計で200クリス、僕が120クリス。

かなり手痛い出費だが、必要だししょうがない。

あとは、カバンとかかな。

この店にも売っているけれど、冒険用ではなく日常用の小さなものばかり。

「この辺りにもっと大きなバッグを売っている店はありますか?」

先ほどの店員に尋ねてみると、

「冒険用かな?それだったら、三つ目の角を左に行って、3軒目のカルドスさんの店がいいよ。

彼も冒険者だったらしくてね、いろいろ教えてくれるからさ。」

ここの店主は宿屋の店主と違って裏表なく優しそうだ。


 「そのバッグが気に入ったか。」

先ほどの服屋の店主のおすすめの店は入口から奥の方までカバンで埋め尽くされていた。

一見するとただの怪しい店でしかないが、

確かに欲しいかばんはこういうものだけれど、この雰囲気は…と、足をすくませていたところ、

また先輩が勝手にずんずん進んでいった。

中は想像よりも明るくカバンの種類も豊富だった。

そのうちの一個に目が留まった。

25クルス?

1000円?このバックパックが?

こういうのの相場ってどのくらいなんだろう。

わかんないけど5000円くらいは覚悟していたから驚きだ。

なんてことを考えていたら、どこからともなく表れた店主に声をかけられた。

「ええ。偉く安いですけど、不良品なんですか?」

思ったままを聞いてみると。

「いや、あれは俺の手作りだからな。ほかはブランド物ばっかなんだ。

でも、性能は保証するぜ。俺の経験でほしかった機能を全部詰め込んだからな。

伸縮性は最強。長時間背負っても肩が擦れない。背中の汗を吸い込んで中身をだめにすることも防がれてるし、

かといってめちゃくちゃ固くしているわけでもない。どうだ。一回背負ってみるか?」

突然の猛アピール。

店の明るさもあんたの明るさと同じにすればいいのに。

「試してみます。」

なるほど。

さっき買った服やタオルを詰めて背負ってみたが、確かに楽だ。

肩が擦れるとか背中の汗がどうとかはよくわかんないけれど。

「これいいですね。」

容量も十分そうだし、これで伸縮性もあるとか。

「買ってくれるか?」

ニヒっと店主は笑った。

なんか怖いよその顔。笑顔なの?

「そうします。これください。」

「毎度!!」

今奇異づいたけれど、この人昨日の居酒屋にいた肩幅さんにそっくりだ。

声もでかいし。

まぁ肩幅さんと同一人物かどうかは明日バイトに入ってみればわかる。

 

 とりあえず、これで必需品はそろった。

今のところ出費が

初日宿泊費 80クルス

初日食費  51クルス

2日目宿泊費 60クルス

必需品    370クルスの合計561クルス。

ウォズベンから受け取った全財産は5000クルスだったわけで、残りは4439クルス。

明日のバイト代が80クルス。宿泊費マイナスで20クルス。

…さて、今日は飯をできるだけ安く済ませるぞ。

グぅ~~~~。

タイミングよく先輩の腹の虫も泣いたので店を探すことにした。


 この世界の主食はパンだ。

パン屋はたくさんある。

手分けしてこの街の最も安いパン屋を探すことにした。

一時間くらいかけて捜索したのち、見つけ出したこの店。

メインストリートから奥に入ってかなり人気も減ったここに、町の人が言う最安のパンがあるらしい。

最安なんだから、文句はない。

たとえその店が、初見なら営業していることに気付かないほどボロボロ状態だったとしても。

意を決してドアを引く。

ぎぃぃぃぃ、と音を立てながら店のドアは閉まった。

と同時に、中からよぼっよぼのばあさんが出てきて

「いらっしゃ~い。なにがいいかな~。」

と聞いてきた。

「一番安いパンをください。」

できるだけ聞き取りやすいように大きな声で言った。

なぜか老人と話すときは大きくゆっくりとしゃべる。

そうさせるパワーが老人にはあるな。

そんなことを考えいていると、

ばあさんはゆっくりと後ろを向いて奥へ下がっていってしまった。

取りに行ってるのかな?

この店にはカウンターもないし、ウナギの寝床みたいに入口も細い。

きっと奥にたくさんパンがあるんだ。

そう思っていたが、

「遅いですね。」

あのばあさん、聞こえてなかったのか?

あと五分待ってこなかったら帰ろう。

もう二十分くらいたったんじゃないか?

「もしかしたら、今作ってくれてるのかもね。」

そんなことを先輩は言う。

注文が入ってからパンを焼くのか?

そんな店があるのか?

ていうか、そんな店が本当に安いのか?

でも確かに、耳をすませば、なんか作業してる音は聞こえる、気がするんだよな。

 30分くらいが経った。

もう中からは音もしない。

やっぱわかってなかったんじゃねえか。

「これははずれですかね。もうおなかすきましたし、別のところにしましょう。」

ここ以外にも安いと話題の店はたくさんあるんだし。

この店はだめだ。ばあさんには悪いけど、このまま閉店してもらおう。

「いや、待った方がいいよ。」

先輩はそんなことを言った。

何言ってんの?さっきは腹の虫鳴かしてたくせに。

「じゃぁ。待ちますけど。」

昨日、ウォズベンと別れてから、先輩の言うことを聞いておけば必ず正解のほうへ行っている気がする。

今回もきっと何かいいことがあるんだ。

と思うと同時にパンのにおいが漂ってきた。

焼いてる?

「いいにおい。」

先輩も気づいた。

すると、中からはまたよぼよぼばあさんが出てきた。

「もうちょっとでできるからねえ。待っててねえ。」

パンってどうやって作ってるんだろう。

小麦粉をどうにかして発酵がどうたらで焼いたら完成。

くらいしかわからないし、それが正解なのかもわからない。

でも、大変なことはわかる。

それをこのよぼばあ一人で?

すごいな。

やっぱり。先輩の言うことは聞くべきだな。

「危なかった。ナナさんいなかったら僕出てってましたよ。」

「短気なの直した方がいいよ~。」

と、からかうように先輩は言った。


 50分ほど待たされて出てきたパンは、最高においしかった。

焼き立てパンなんて食べたことなかったけれど、ここまでおいしいなんて。

「これ、いくらですか?」

ニコニコ僕らを見つめていた店主のばあさんに聞く。

この町で一番安いパン。

いくらだ。

「80セルタだよ。二人で1クルスと60セルタだね。」

は?

このパンが?

32円?

「え。そんな安いんですか?」

経営は大丈夫なのかよ。

「ええんよええんよ。うちはもともと孤児のためのパン屋だからね。孤児院に出すパンだけで利益は十分得られるんだ。」

ばあさんはゆっくりといった。

孤児院に。

なるほど。

言ってしまえばここは給食センターみたいなものなのか。

孤児院へとパンを販売して利益を出すことをメインにして、余った食材を使ってパンを一般人へ売る。

そっちに利益を求めてないからここまで安くできるのか。

普通こっちも高くして利益を得ようとするのに。

謙虚な人だな。

「また来てもいいですか?できれば朝昼晩三回。」

この安さは魅力的だ。ここにすれば毎日の食費が4.8クルスだけで済む。

日々15.2クルスの利益。

最初の計算よりずっとずっといい。

「ええよ~。来てくれてうれしいわ~。待っとるよ~。」

店を出て老店主の女性は手を振ってくれた。

いい店だったな。

俺もああいう店員を目指してみよう。

明日から、明日こそ。僕らはこの世界で生き始めるんだ。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ