リスタート
ウォズベンと別れた後、僕たちはさっきの医者が言っていたシュトレスの中央局へと向かった。
「おお~。」
やっぱり立派なつくりだ。
思わず声が出る。
先輩もやっぱり興奮した目で見渡している。
さっきの病院はレンガ建築でなんだかレトロな雰囲気だったけど、
この中央局はバリバリの近代建築。いうなら新宿みたいな。
中に入ってもやっぱり立派だな。
オフィスって入ったことないけどこんな感じなんだろうか。
「あ、そうだ瑞樹君。」
後ろから先輩が思い出したように声をかける。
「私、今日から橘ナナだから。お姉さんって呼んでね。」
え?
何言ってんだこの人。
「ちょっとついて行けねぇっす。」
先輩はああ。と一言言ってから
「さっきの病院で自分の名前決めれたの。どうせなら姉弟になっちゃおうと思って。」
意味が分からない。
どうせなら姉弟?何を言ってるんだこいつ。
「へぇ。なら敬語もやめた方がいい?」
もうこのアタオカと付き合っていくんだしょうがない。
「そうだね。試しに呼んでみる?姉さんって。」
くそが。
「姉さん。」
先輩は少し驚いたような顔で、
真っ赤になった。
「恥ずかしいならやめればいいのに。」
「だめ。この後絶対これ役に立つから。」
なんだこの人本当に。
「保護観察?」
「そうです。こちらとしてもあなたたちのような大切な存在に好きなように動かれては困るのです。
ですのでどちらかを保護。どちらかは観察しつつこの世界を救ってもらうという措置を取らせてもらってます。」
なるほど。
僕らは言ってしまえばこの世界の危機を救える英雄になれる存在。
そんな大切な存在は確かに野放しにはできないか。
しかしそうなると、
僕ら別々になってしまうのか。
「待ってください!」
せんぱ、じゃねえや。
姉さんが声を上げた。
「私たちは姉弟ですよ?向こうの世界じゃ困ったことは二人で解決し来たんです。
こっちに来てからだって二人で協力してやってきたんですよ?
私、弟と離されるようなら保護からは逃げるし、観察されても遊び惚けます!」
脅しか。
まあでも、
「僕も別々は嫌です!聖山に異世界人が立ち入った後どれだけ探してもその人は見つからないんでしょう?なら元の世界へ帰ったとするのが正しい判断です。僕は姉さんと一緒に帰りたいんです。もしどちらかが保護対象となって帰れなかったら、あんたたち責任とってくれるんですか?送り返してくれるんですか?え?」
迷惑クレーマーみたく騒ぐ。
中央局というのは日本で言うところの市役所みたいなものだ。
その中で騒ぐというのは。
馬鹿のすることだ。この先輩マジゆるさん。
「わかりました。では、観察用の人員を二人用に増やさせてもらいます。それでいいでしょう?」
「待ってください!」
あぁもうこの先輩嫌だ。
「私たちの生活を覗こうっていうんですか?さっきも言ったでしょう?
私たちはもとの世界に帰りたいんですよ!それが遊ぶわけないじゃないですか!」
それを言ったのは僕のほうだが、まぁ元の世界に帰りたいなら働くのが一番だ。
「それに、観察人員が付きまとうせいで、僕らの重要性がばれて、よからぬ輩たちに誘拐されたりすることがあるかもしれません。そういうときの責任は!
僕らの分だけじゃなく世界をも巻き込みますよ?それでいいんですか?」
机たたいたりしちゃった。ごめんなさいお姉さん。
「しかし、安全のためにも人員には同行してもらわないと。」
「断固拒否します!」
この人何でそんな役所の人の言うことに反抗するの?
「私たちはただの姉弟じゃないんですよ?
そこに水を差す輩なんていりません!!」
声がでかいって。あと、誤解を生む発言は控えなさいよ、
さっきまでの静けさどこ行った?
「あの。同行って義務ですか?」
「いえ、義務じゃないですけど、基本的に同行してもらうっていうのが、」
「義務じゃないならいいですよね!ありがとうございまっす!」
この先輩マジで嫌だ。
完全に押し負けてしまった職員さんは
「こちらが証明証です。頑張ってください。」
とだけ言って、目も合わせてくれなかった。
「やったね~。証明証ゲット。」
先輩は満足げだ。
「先輩にあんな押しスキルがあったなんて知りませんでした。びっくりです本当に。」
そういって先輩を見ると、
そっぽ向いてる。
「あの、先輩?」
顔を覗こうとするともっと背ける。
あ!
「姉さんか!」
「どうしたの?瑞樹君。」
うわ~。この人やっぱめんどい。
「でも姉弟って設定でよかったでしょ?これで一緒に帰れるね。」
せんぱ、姉さんは下から見上げるように言った。
上目遣いがえぐいって、あれは本当なんだ。
とりあえず腹が減ったということでパン屋に入った。
この町のメインストリート、立ち並ぶ店の5軒に1軒はパン屋だ。
「いいにお〜い。」
先輩はさっきまでずっと僕の後ろにいたのに
ウォズベンと別れてからはずんずん前へ出る。
まるでこの世界で生きてきた人のかように。
とりあえず、ここでウォズベンからもらったお金がどれだけなのかを確かめて、
ついでにこの世界のパンの相場についても調べよう。
「おいしい。」
「ね~。」
さっきの店で売っていたこのサンドイッチはまぁたぶん向こうの世界で作るなら150円くらいだろう。
で、販売するとそこに利益とか税金とかいろいろかかって300円くらいになるのかな。
こいつは7クルス50セルタだった。
7.5クルスと考えると1クルスはだいたい40円くらいか。
…待てよ?
ウォズベンが負担してくれた僕らの治療費は20,000クルスだったっけ?
80万…?
それを返さなくていいとかマジですか。
あ、いや待てよ。
診察されただけだし、そのままポイッとされただけだし、
そもそもウォズベンが金を払ってるところを見たわけでもないし、
返さなくていいってあの人言ってたし。
気にすることじゃないよね。
うん。
ウォズベンからもらったお金は全部で5,000クルスあった。
ちなみにこの世界の貨幣単位は下からセルタ、クルス、そして最も大きいのがイオとなっている。
どれもこのせかいの神様の名前で特にイオはこの世界の創造主だとか。
1イオは1億クルス。日本円で40億円。
何につくんだそんな値段。
町での調査もひと段落ついたので、次にやることを決めよう。
僕たちは3年で世界の中心、イルキュレムのコロナへたどり着かないといけないので、明日にはこの世界の端の端であるシュトレスの街も出ていきたい。
ただ泊まるところは確保しておきたい。
う~ん。仕事を探すか宿を探すか。
「せん、姉さんはどっちがいいと思いますか?」
やたらと積極的になった先輩に聞いてみる。
姉さん以外の呼び方考えないと。
「あぁもう姉さん呼びいいや。ナナさんとかにしてよ。」
なに?この人。
「わかりました。じゃあナナさんは宿と仕事どっちがいいですか。」
「う〜ん、とね、宿!!宿だと思う。」
先輩はしばらく悩んでから答えを出した。
どっちが正しいかなんかわかんないし、
出た目のほうに進むだけ。こっからは流れで生きるぞ。
「お二人ですと一泊で80クルスになります。」
「ではそれでしばらくの間お願いできますか。」
「はい。料金は後払いでいただきますね。」
宿屋のふくよかな店主はその見た目にたがわぬおおらかな声と笑顔で答えた。
この辺りで一番安い宿を聞いて回って見つけ出した最安の宿は想像よりはるかに高かった。
もしこの街に一週間でも滞在してみろ。
6泊するわけだから、え〜と、現状の全財産の9.6パーセントがぶっ飛ぶ。
所得税か。
これは早めに仕事を見つけないと。
夕飯を食べに行くついでに役所へ行って冒険者登録をした。
中央局でも冒険者登録はできたらしいが、
あそこにはもう行きたくない。絶対やばい目で見られる。
ブラックリスト入っててもおかしくないもん。
『お仕事案内板』
と書かれた横長のボードにはたくさんの依頼書が張ってあった。
『エノアカ山のイマヅクを50グラム取ってきてほしい 報酬5クルス』
『迷子になったうちのティピーを見つけてほしい 報酬7クルス』
『息子に神学を教えてほしい 報酬50クルス』
『一日デートをしてほしい 報酬30クルス』
…なんかやばそうなのしかない。
最期のやつに関しては報酬20クルスから上がってる。
そんなにデートしたいのかよ。
「ナナさん、なんか面白そうなのありました?」
虚空を見上げてぼーっとしているようにしか見えない先輩を現実に引き戻す。
「あれ。小麦畑の手伝い、報酬も30クルスだし、悪くないよ。」
まあ、他のに比べれば楽そうだし確かに悪くない報酬だけど、
「それだけじゃ、二人分の宿泊費には足りないですよね。」
何か他にも見つけておこう。
実際に仕事をするのは明日からだから、
取られる可能性も考えて候補は5つくらい決めたほうがいい。
「ん〜と、じゃあ、――」
とりあえず、僕らの初仕事の候補は、
『小麦畑の手入れをしてほしい 報酬30クルス』
『図書館の本整理 報酬20クルス』
『居酒屋の店員を探してます、賄い付き! 報酬30クルス(働きぶりでアップも)』
『街のゴミ拾い 報酬20クルス』
『闘技場の受付 報酬35クルス』
の5つに絞られた。
居酒屋のアルバイトは魅力的なのでぜひとも欲しい。
闘技場の受付も報酬だけは立派だ。どんな仕事だろう。図書館にも興味がある。仕事関係なく行ってみるのもいいかもしれない。
「今日のご飯は募集も出てた居酒屋にしますか。」
働く前に店の雰囲気を知る。これ大切。
「それがいいね。私たちまだお酒飲めないけど。」
確かに。こっちの酒解禁は幾つなんだろう。
それも知っておいて損はないな。
「こっち酒来てねぇぞ!」
「おい!いつまで待たせてんだ!」
「早くしろ!殺すぞ!」
…怖い。
「帰りましょう。別の店にしましょう。」
店の前で感じるこのやばい雰囲気。
さすがにこの店は無理だ…ってあれ?
「ナナさん?」
先輩がいない。
さっきまで後ろにいたのに。
って、おい!
何勝手に入ってってんの。
ギリギリで肩をつかむ。
「どうしたの瑞樹くん。」
はぁ?このやばい会話が聞こえないのかよ。
「いや、どう考えてもこの店は無理ですって。」
「そうかな。」
そうかな。じゃねぇよ。無理だよ。
怪我するよ?最悪死ぬよ?
「やめましょう。この店は。」
そんな僕の願いさえこの人には届かなかった。
「ちょっ!」
先輩に手を引かれて店へと入れられた。
地獄?
屈強な大男がドンガラドンガラ騒いでる。
そのくせ店員さんは小柄な女性。
こりゃ、無理だって。
「あ、お好きな席にどうぞ。」
肩幅2メートルくらいありそうな大男に怒鳴られ、
頭を下げていた店員がこちらに気づき言う。
この店は、無理だ。
先輩はそんな僕を引いてずんずん進む。
この人、変なとこで強いな。
あまりに男たちが巨大なため気づかなかったが奥の方に空席があった。ちょうど2人分。
壁沿いだから静かに食べるには最適だね。
ていうかよく気づいたなこの人。
先輩を上座に僕らは席についた。
先輩は何事もなかったかのようにメニューを広げる。
「瑞樹くんは何がいい?」
こっちが読めるようにメニューひっくり返してくれてる。
なんか、オカンみたい。
「いや、僕は特に。なんか気になったのあったら頼んでみてください。」
まて、値段は大事だ。
え〜と、どれも20クルスくらいか。優しいな。
どうぞ、と手でジェスチャーすると先輩はメニューを自分の方へ返して読み始めた。
その間にも男たちの怒声が響く。
あぁ怖い怖い。
「お待たせしました。お冷やになります。」
肩ブルさせて縮こまっているところに店員さんが運んできてくれた。
それだけで、なんとなく和んだ。
この席だけは平和だ〜。
「おぉい!酒!」
平和は崩れた。
そんな叫ばんでも。
「あ、私も注文いいですか。」
先輩は裏へ戻ろうとする店員を呼び止めるとメニューを指さしながら注文した。
何を言ってるのかは周りの喧騒のせいで全く聞こえなかったが、店員さんは律儀に確認までして帰っていった。
「何頼んだんですか?」
先輩に聞いてみたが、
「ひみつ〜。」
と笑われた。
なんだよ。米でもでてくんのか。まさかの寿司か。
30分ほどして料理は運ばれてきた。
中には1人しかいないのか。それでこの客の量は確かに大変だろうな。
運ばれてきたのは寿司でも米でもなく何かのスープだった。
何かの肉が浮だ。何かの麺も入ってる。
韓国にこういう料理あった気がする。
とりあえず、
『いただきます。』
こういうのはスープから頂くんだよ。
目の前でズリズリ麺をすする女に向かって心のなかでそうつぶやく。スープから。なんでかは知らんけど。
一口スープを飲んで驚いた。
おいしい。
何の味かはよくわかんないけれど、
やさしい。日本人は特に好きそうな味だ。
麺をすする。
うどんみたいだな。
歯ごたえもしっかりあるけれど食べやすい。
こういうのをコシがあるというのか。
おいしい。
肉へ箸を伸ばす。今気づいたが箸あるんだな。
柔らかい。
口に入れた瞬間ほどけるような食感だ。
じっくり煮込んでいるのかな。よく分かんないけど。
とにかく手が込んでいる。
これは30クルスくらいかけられるぞ。
「これ、美味しいですね。いくらですか?」
僕がじっくり味わっている間にもうほぼ食べ終わっていた先輩に聞く。
「え〜とね、18クルスだって。」
へぇ〜。18。やす〜い。
ん?18クルス?
安すぎんだろ…。
え、日本円で、720円か。
そんなもんか?いやいや。この味をその値段って。
すごいなこの店は。
気づけば辺りの喧騒なんかどうでもよくなっていた。
生まれて初めてだと思う。
ここまで料理に感動したのは。
「美味しかったね〜。入ってよかったでしょ?」
宿への帰り道、先輩は自慢気に言った。
「はい。マジでよかったです。」
本当に。あの店はすごいな。
「働く気になった?」
ニートに言うセリフだと思うけど?それ。
でも、
「はい、あの店の仕事依頼、受けましょう。」
異世界に来て二日目。
憧れの冒険者生活が幕を開けました。