世界の端、始まりの場所
「あなたたち、別の世界から来ましたね?」
え…、なんで、
なんで。なんで、
なんでバレた?
なんで?
向こうの世界云々は結局書いてないのに!
「え、や。え。あ、その。え。」
思いっきりキョドってしまう。
もうどうしようもない。
「…その、はい。」
おとなしく認めることにした。
何、言われんのかな。
不安になってきた。
俺はまだいい。
先輩は?老人は?
どうなる?
「そうですか。たまにいるんですよね、
世界の端に来る異世界人。」
何か紙を見ながら医者は言う。
え、異世界人?
たまにいる?
珍しいことじゃないってこと?
「あぁウォズベンさんはもう下がってもらって大丈夫です。保護、ありがとうございました。」
医者は僕の混乱を他所に老人に声を掛ける。
あの人ウォズベンって人だったのか。
ってそんなことはどうでもいい。
たまにいるってことは異世界人が元の世界に帰る方法もあるはず。それを聞いてみよう。
「では、しばらくここで待っていてください。」
僕が口を開こうとした途端に医者は言った。
まるで、僕らが言葉を発するのを阻むように。
そのプレッシャーに黙らされていると、
医者はどこかへの伝言を看護婦に託し、
また口を開けた。
「最初の事例は149年前。1人の男性が当時の世界の端、オトゥルプのソレブレクに現れました。ソレブレクではその後、2年経って突如として消滅しました。」
なんの話だ?消滅?
ついていけない。
「次はその8年後、またオトゥルプのアラデイフに一人。そしてアラデイフは2年後に消滅。」
消滅?異世界人が来ると都市が消えるのか?
「そのようにして67年前、オトゥルプは完全に消滅しました。」
オトゥルプ。おそらくは国。異世界人がきて国が一つ消えたのか。僕らは、シュトレスか、エドクレイ。
どちらかを消してしまうんだろうか。
その時、僕たちはどうなるんだ。
「あの、」
「そして、」
また医者は僕の発言を阻んだ。
「転機となる発現は60年前。今度は特別でした。
いつもは世界の端にのみ現れていた異世界人がイルキュレムの中心都市コロナに現れました。
そして、聖山の伝説もその時初めて信憑性を得たのです。」
全くついていけない。
イルキュレム、はこの世界の中心か。
聖山に一番近い。
聖山の伝説?ってなんだ?
「太古の時代。世界の端より伝説の探検家ユイタノダがイルキュレムのコロナへとたどり着いたとき。聖山から未知の生物が溢れ、大暴走。コロナは大混乱。しかし、ユイタノダが一足聖山へ踏み込めばその未知の生物たちは一気に聖山へと引き返していったという話が聖山の伝説。それが何のヒントになる俗話なのか全く分かっていませんでしたが、57年前、伝説の再現が行われました。」
コロナに異世界人が来て、また聖山から変なのが出てきたということか。
そしてその異世界人が聖山へと入っていって騒ぎを鎮めた、と。
「わかりましたかね。お二人には、3年後までにコロナへたどり着いてもらって、騒動が起きたらそれを鎮めてもらいます。ご安心を。全世界で協力を行います。そのための書類が、」
タイミングよく看護婦が戻ってきた。
この人これ狙ってたのかな。
すげぇ。尺読み完璧。
テレビのキャスターとかやれそうだな。
「こちらになります。」
看護婦から渡された紙を僕らに見せる。
限定非課税対象証明証申請書。
「これは?」
「国から国へ移るときには必ず関税がかけられます。あなたたちからはそれが免除されるという書類が限定非課税対象証明証です。その他にも各国各地域が運営する乗合馬車に乗るとき、医者へかかるとき、さまざま税金がかかる場面がありますが、その全てが免除されます。そしてそれを申請するための書類がこれ。これを中央局へ提出してください。必要事項は記入してね。」
なるほど。
前いた世界じゃ税金どうこうが選挙の中心になるくらいだったからありがたいものなのか。
僕は納税すると言っても消費税くらいだったからあまり税金の苦しさを知らないけれども。
「では、診察は以上です。もっと詳しいお話もシュトレスの中央局へ向かわれると聞けるしょう。ご健闘をお祈りします。」
かなり重要な話をしたと思うが、
医者は淡白に僕らを送り出した。
それにしても、イルキュレムの中心都市コロナに3年以内にたどり着く、か。
今この世界には7つの国があって、僕らがいるのがザルム。イルキュレムから一番遠い。
地球で言うと北極から赤道くらいまで行くイメージだ。
うん、無理じゃない?
そういうところも中央局に行けばいろいろ教えてもらえるのかな。
そんな事を考えながら病院の外へ出た。
「お前たち。」
病院を出ると、今までずっと黙っていた老人、
え〜と、ウォズベン。ウォズベンが口を開けた。
「あ、お金ですか。すぐ用意して届けますね。」
そうだ。この人には恩がある。
それを返さないと旅にはいけないな。
「いや、金はええ。ただ一個約束してくれ。」
ウォズベンの声は震えていた。
泣いているんだ。
「なんでしょうか。」
その涙の理由を聞くのはなんだか、違う気がした。
「オレには息子がおった。息子は田舎暮らしが好かんかったんやろうな。15になっとすぐ出ていってしもた。そっからどこへ行ったんか分からんかった。
でもその3年後。イルキュレムから手紙が届いた。
あいつは偉い子だ。イルキュレムの警察団に入ったと。ちっせぇ頃は反抗してばっかだったあいつが。
誇らしかった。」
ウォズベンは目を細めて言った。
僕は黙って続きを待った。
でもな、と彼は続けた。
「7年前に手紙が来た。警察団からやった。
聖山の騒ぎで息子さんが行方不明になった。てな。
最初は信じられんかった。
最後あいつに言う言葉が『勝手にしろ』になるなんて考えてもなかった。でも、間違いなく真実やった。
聖山騒動のときは毎度行方不明者リストが出る。
そこにあってしもうた。テクルの名前が。」
ウォズベンの声のトーンは昨日まで、さっきまでとは同一人物と思えないほど暗く沈んでしまっていた。
「息子はきっと、死んだか、聖山を彷徨うちょる。
オレはもう年じゃけぇイルキュレムまで行く元気もねぇ。おめえらが現れて、チャンスだと思った。オレには出来っこねぇ。だから、これを。息子へ届けてくれ。」
老人は何かを差し出した。
日記だった。
「息子がいなくなってから15年。毎日書き続けておった。いつか息子に逢うたときに話す種に困らんように。今きっとあいつは独りや。これを届けて。オレがお前を愛しとったって、そう伝えてほしい。」
ウォズベンは嗚咽混じりに話した。
そうか。
多分、もう息子さんは死んでいる。
それを彼は分かっている。分かっていて、ずっとこれを書いてきたのか。どんな気持ちだっただろう。
50くらいに見えていたが、きっともっといっているんだろう。体力がないからお墓へは行けない。
思うことしかできない。
だから虚空へ語り続けた。
ここにいると、そう自分に言い聞かせて。
それが、僕らが現れて最後のチャンスなんだ。
「わかりました。届けてきます。」
ウォズベンは息子はきっと独りだと言った。
でも、独りなのはウォズベンの方だ。
息子さんはいつも父親に思われてきた。
それを知る由はないけれど、そうなら独りではない。
逆に彼は誰にも思われず、一人で本当に独りで生きていたのだ。
「ありがとう…。ミヅキ…。」
老人は僕の手を握り大粒の涙をこぼした。
「ウォズベンさん。」
僕は、伝えるべき言葉を伝える。
彼はしわくちゃの顔を上げた。
「あなたのおかげで、僕はこの世界でやるべきことを見つけられました。ありがとうございます。
あなたのことは絶対に、最期まで忘れません。」
僕は正直、この田舎臭い爺さんが最初は嫌だった。
それでも、ここまでの恩義。すべて返さなくては。
「私も。あの、頑張ります…。」
先輩も僕に続いて言う。
勢いよく出た割にしょぼいな。
「二人とも。これを。」
鼻をすすってウォズベンは2つ袋を差し出した。
「僕らの制服?」
「転生者が聖山に入ったあとどうなっとんのかは分かっとらん。でもきっと、お前らのいるべきところれ帰るんやろう?そんならこれあった方がええ。」
有り難いなまったく。
「そいと、ほれ。」
また彼は僕の手を取って何かを乗せた。
「それが役に立つかは知らんけど。頑張りよ。」
小さな紐で縛られた袋の中には、
「お小遣いか。」
この世界の、このお金の価値はわからないけれど。
今僕らに背中を向けコタ村への帰路につく、
あの老人がくれたこのお金は、
きっと本当の価値よりもっともっと高い。
そんな気がした。
かくして、僕らの旅が始まった。
―それは、必然と運命と、選択の物語。