世界一
先輩が好き。
自覚したところで何かできるような強さは僕にはないけれど。
少しでも近くにいられたらそれだけ嬉しい。
この都市に来てから1週間が経った。
最初の3日、僕は働いていなかったが、そこからは先輩と一緒にやる仕事の他にもう一つ依頼を受けることで働かなかった分の稼ぎを返済している。
今日は仕事を早めに切り上げ、先輩と一緒に少し高いレストランへ行くことにした。
少し高いとはいえまだまだ庶民向け。
いつかはドレスコードのあるような高級店へ連れて行ってあげたい。
いや、分不相応か。
まぁ何にせよ、好きな人とディナー。
テンション上がる。
今日の僕の最後の仕事はパン屋の会計。
レジ打ちである。
どのパンが何個売れたのか、それでいくら稼げたのかをメモしながらお客さんに対応する。
大変な作業だった。
これで1週間の僕らの稼ぎは合計して900クルス。
食費やら宿泊費諸々引くと手元には300クルス残る。
次の都市までの馬車台が2人で180クルス。
今日の夕飯には120クルスも使える。
日本円で4,800円だ。
貯蓄分も考えると2人分には少々心許ないが先輩には好きなものを食べてもらえるだろう。
食べてゆっくり休んで、明日の朝にここを発つ。
「お疲れ様。」
パン屋を出ると先輩が待っていてくれた。
「お疲れ様っす。」
些細な挨拶だけで、好きを自覚する。
この先大丈夫かなぁ。
バクバクうるさい心臓を落ち着けながら、今夜のレストランへ向かう。
「瑞樹くん、体調は平気?まだ無理しちゃだめだよ?」
これは先輩が毎日言うこと。
まだ心配をかけてしまっている。
「大丈夫です。先輩こそ疲れは溜まってませんか?」
未だ慣れない馬車移動に僕の看病、1日2つの仕事。
疲れないわけがない。
どこかでまとまった休みをとろう。
温泉街を出るのが早かったか。
「平気だよ。疲れたらちゃんと言うから心配しないで。」
と先輩は答えた。
ほんとに言ってくれるのか?
いやいや、言ってもらえないとしたらそれは頼りない僕の責任だ。
もっと頼りになるところを見せなければ。
…とは言え、どんな人が頼りになるのか。
今まであまり人を見てこなかったから答えがわからない。
先輩みたいな温かい優しさを持ちたい。
僕はそういう大きな人に頼りたいと思う。
まずはそこを目指してみよう。
こう考えると、先輩を好きになったのは、というより僕が好きになるのは頼りがいのある人なんだろう。
日本のあの子も結局自分の足で立ててた大人だったし、先輩も気が回る大人だ。
他の人が大人じゃなかったのかと言われたら、
そういう訳では無いと思うが…。
分からんな…。
まぁでも、1つ確かなのは、
僕が、隣を歩くこの女性を、好きだということだ。
たどり着いたレストランは小麦麺の専門店。
パスタ?ラーメン?どっち?どっちも?
外観は落ち着いた感じで暗めの木材が使われている。
外壁に木材というのはこの世界では珍しい。
日本にいたときはこういう店には入らなかったな。
この店を教えてくれたバイト先のアンクさんに感謝だ。
店に入ると、石畳の床、壁に寄せられた3つのテーブル席。カウンター席が5席ほど。
お客さんは3人だけ。テーブル席が1つとカウンター席が1つ使われている。
「お好きな席にどうぞ。」
カウンターの奥からコック帽の男性が言った。
他の客の空いた皿を見るに、ラーメンではなさそう。
僕らは3つあるテーブル席のうち、真ん中のテーブル席に向かい合うようにして座った。
店に入った順番的に僕が上座になるが、ほんとは先輩にこっちに座ってほしい。
メニューを開く。
「エビガニのクリーム麺」
「トマトの小麦麺」
「ガーリックの小麦麺」
「肉とトマトの小麦麺」
などなど…。
パスタっぽいな。
一番安いのは「トマトの小麦麺」。
22クルス。
僕はこれにしよう。
「先輩なにがいいですか?」
と聞くと、先輩は
「瑞樹くんとおんなじの。」
と答えた。
「先輩の好きなもの頼んでくださいよ。」
先輩のためだけにお金稼いできたんだ。
僕と一緒のものなんて勿体ない。
「だから瑞樹くんとおんなじやつなんだよ?」
結局、僕と先輩は「エビガニのクリーム麺」を注文した。
2人合わせて60クルス。
もっと高いのもあったが、先輩も食べるんだ。
得体のしれないものはだめだ。
エビガニというのは生鮮市場で見た。
その名の通りエビとカニを混ぜ合わせたような。
…。ザリガニっぽかったな。
味は大丈夫だよな。たぶん?
日本でもロブスターの店はそこそこ人気だし。
「お待たせしました〜。」
注文から15分ほどで料理は提供された。
見た目は完全にカニクリームパスタだ。
フォークに巻き付けて口に運ぶ。
…!!
うっっっま!!
なんだこれ…。うまい。
クリームパスタを名乗るだけあって濃厚クリーミー。
生パスタだろうか、麺もモチモチだ。
エビガニの食感は、なんというか不思議な感じだ。
プリプリでふわふわな…。
ともあれ美味い。
夢中になって食べてしまった。
多分5分くらいで完食した。
こんなに美味い料理は久しぶりな気がする。
「食べるの早いね。」
先輩は僕を見て笑う。
先輩の皿にはまだ半分くらい残っている。
「美味しすぎてつい。」
汚い食べ方はしていないはずだ。
早食いすぎて引かれたか…?
「そっか。」
と言うと先輩は皿をこちらに押し出して、
「半分くらいたべる?」
と聞いてきた。
僕は驚いて声を大にして
「いやいやいや!大丈夫ですよ!」
と答えた。
もしかして、先輩はこの味嫌いだったかな…。
「ほんとに?我慢してない?」
先輩は皿を戻しながら言った。
「僕は我慢なんかできないですよ。先輩こそ我慢してないですよね?」
僕にとってはそれが一番心配なことだ。
「してないよ全然。瑞樹くんのおかげで日々楽々。」
先輩はそう答えた。
僕のおかげ…?
「いや僕迷惑しかかけてなくないですか?」
だって散々気遣わせて、風邪だってひくし。
「そんなことないよ。私のほうが寧ろ迷惑かけてない?」
先輩が迷惑?
そんなわけあるか。
「そんなわけないじゃないですか。」
先輩はいるだけで最強なんだ。
多分僕は、先輩がいくら働かなくても金食い虫になってもわがままになっても太っても痩せても老けても、
先輩を迷惑だと思うことはないと思う。
それだけ好きだ。
「瑞樹くんってほんと優しいね。」
先輩はパスタを巻きながら言った。
「たぶん、先輩は僕以上に優しいです。」
先輩はパスタを飲み込むと、
「私が風邪ひいたら瑞樹くんは多分つきっきりで看病するよ。私はバイト行ったけど。心細くなかった?」
と聞いてきた。
確かに、先輩が体調を崩せば多分僕は先輩から離れない。
でも、
「先輩の稼いでくれたお金で、今僕はご飯を食べれているし、僕の体調が治ったのも、多分先輩パワーが大きいんです。先輩自身、先輩をどう思っているのか分かりませんけど、僕にとって先輩は世界一優しい人です。」
僕のそばを離れたことがまだ心に引っかかっている。
それだけ思ってもらえたなら、もう十二分に幸せだ。
―好きです。
その言葉はまだのど元で引っかかった。
僕がそれを言えるようになるのは、僕が僕に自信を持てたときでいい。
それまで多分、先輩は僕のそばを離れないでいてくれる。
「やっぱり優しいじゃん。」
と言って下を向く彼女が、僕にとっての世界一だ。




