自覚
ナリボシを出てから1週間。
僕らはこの世界に来て2つ目の国、ノームの都市エストにいた。
温泉宿で稼いだお金のおかげで一気にここまでこれた。
最初に出会ったウォズベンが言っていた通りなら、この国は先週まで滞在していたザルムより発展しているはず。
だが、正直言ってそこまで変わっている気がしない。
地図が欲しいな。
聖山がどのあたりにあるのか全くわからない。
聖山に近い国から発展しているらしいが、近いっていうのもよくわからない。
首都が近ければいいのか。
ノームの首都はサルプという都市。
ここから聖山へ行こうとすると、戦争の影響でサルプを通ってレプタージュへ入る必要があるらしい。
本来よりかは回り道だ。
戦争とかもやっぱりするんだ。
戦争をしているのはサネヴとヌルタス。
本来ならこの2つの国を通るのが聖山のあるイルキュレムへの最短ルートだが、仕方がない。
「そろそろお金稼がないとだよね?」
先輩が言う。
その通りだ。
もう稼いだお金はほぼすべて使ってしまった。
この都市でもう一度稼がないと。
後で案内所を見に行こう。
ついでに地図も買えるなら買ってしまいたい。
僕らはその辺の店でヌドルという麺料理を食べてから案内所へ向かった。
案内所へ向かう道中で気づいたのだが、マスクなのだろうか、口元を布で覆い隠している人が何人かいた。
それについても案内所で聞けばいいか。
「感染症?」
案内所について係の人に聞いてみたところ、はやり病があるらしい。
「はい。ここ数か月で爆発的に感染者が増えているんです。おかげで医療機関はひっ迫状態ですよ。」
コロナみたいだ。
「それ、死ぬやつですか?」
先輩が聞いた。
「死亡例も確認されてますね。症状としては体のだるさ、熱、咳、鼻水、嘔吐などなどいろいろです。」
インフルみたいなものか?
「もし感染したらどうすれば?」
「外出の自粛をお願いしてます。」
そんなものでいいのか。
まぁ、感染しないのが一番だな。先輩に迷惑はかけられない。
僕らはまず最初にマスク用の布を買ってそれをつけて、それから仕事を探した。
まぁいつも通り何個かよさそうなものを選んで申請をすます。
ついでに係のお姉さんに地図があるかどうかを聞く。
「ないことはないですが、一枚で2,000クルスかかりますよ?」
わぁお。
8万円…。
まだまだ効率的な製図がむずかしいんだろう。
じゃあしょうがないか。
「図書館でしたら、500クルスで閲覧できますよ。」
お姉さんはそんな情報をつけ足してくれた。
閲覧だけで20000円かかるのか。
う~ん。
まぁ、急ぐようなことでもないのか。
地図はあきらめることにした。
宿屋の場所もついでに聞き出して、そこまで向かう。
道中、体に違和感を覚えた。
なんか、グラグラしてる?
―症状としては体のだるさ、熱、咳、鼻水、嘔吐などなどいろいろです。
おいおい。
熱っぽいか?
いやいや…。
俺そんなに免疫弱いほうじゃないし。
まさかね…。
「大丈夫?」
濡れタオルを僕の額に乗せながら先輩は言う。
「大丈夫です。マジで。」
僕は平気を装っていたのだが、先輩には不調を見抜かれてしまった。
宿に着くなり布団に寝かせられた。
「しばらく安静にしなよ。明日は私だけでバイトしてくるから。」
と先輩は言う。
母みたいだ。
最高、先輩、マジ…さいこう…。
気づけば僕は眠りについていた。
目が覚めたのは夜中。
完全に、体調不良。
やってますやん…。
隣を見ると先輩が寝ている。
こんな近いと、うつしてしまう…。
布団を少し動かそう。
ソーシャルディスタンス。そうそれ。
立ち上がろうとしたところ、地面が大きく傾いたような感覚がしてそのままバランスを崩して転んでしまった。
普段なら受け身くらい取れたと思うけど、
腕が下敷きになった。痛い…。
頭も揺れる。
ガンガン耳鳴りもする。
はぁ…。
先輩にはうつしたらだめだ。
動け…。
動こうとすると、今度は咳が出てくる。
はぁ…。
寒い…。
掛け布団を羽織るようにしてかぶる。
落ち着け、大丈夫。
布団をずらすだけだ。
そうだ。四足歩行ならぐらつきにくい。
よし。
四つん這いになって布団から抜け出し引っ張る。
あれ…?この宿、普段重くない…?
くそ…。グラグラする…。
無理だ。
布団の外で掛け布団をかぶって膝立ち。
変人じゃないか。
先輩の方向かなきゃ大丈夫だ。
体調不良は寝れば治る。
あぁ〜、グラグラする。
そのまま倒れ込むようにして眠った。
目が覚めると、外はすっかり明るくなっていた。
晴れてる…。
気分は相変わらず悪い。頭がいたい。
喉も痛い…。水…。
体を起こそうとして気づいた。
掛け布団が2重になっている。
横を見ると先輩はもういない。
バイトの時間なんだろうか。
…。迷惑かけてしまった。
「はぁ…。」
僕はため息をついた。
結局、一人じゃ生きていけないんじゃないか。
誰かによりかからないと、生きていけないんじゃないか。
情けない。
自己嫌悪。体調不良とダブルパンチで効く。
もう一度目を閉じた。
―くん。瑞樹くん。
優しくて懐かしい声で目が覚めた。
「お薬。貰ってきたよ。」
先輩は紙袋を見せながら言った。
「ありがとうございます。」
喉がイガイガでうまく声を出せなかった。
「もしかしてお水飲めてない?」
先輩は言った。
僕は頷く。まだこっちのほうがコミュニケーション取りやすい。
「ここに水入った桶あるからね。飲みたい時言ってね。」
先輩は寝ている僕の頭の上を指していった。
首を曲げてみると確かに桶があった。
手を伸ばすと、
「待ってね。」
と言うと先輩は僕を抱えて起こしてくれた。
いくらかグラグラもマシになったか?
「お薬も飲んじゃおっか。」
と言って僕に薬を差し出した。
「ありがとう。」
頭を下げる。
本当に…、みっともない。
泣きたくなってきた。女々しいのは嫌だ。
かっこよくいたい。
薬を飲む。
水はぬるくなっていた。
きっと今朝のうちに汲んできてくれたんだ。
本当に情けないな…。
「マジで、ありがとうございます。」
薬の効果か先輩効果か分からないが、幾分喉のイガイガは治った気がした。
「全然。ゆっくり休んでね。」
また横になった僕の頭を撫でながら先輩は言った。
いつもより距離感が近い気がしたが、そんなことはどうでもよかった。
この人の優しさが、心の底から全身に広がって、温かい気持ちでいっぱいだった。
翌朝、信じられないほど体調は良くなった。
昨日先輩がくれた薬の効果だろうか。
横を見ると先輩はまだ寝ている。
バイトは大丈夫だろうか。
まぁ先輩は十二分に働きすぎてしまったのでここからは僕がガッツリ稼いで、ゆっくりしてもらうのがいい。
うつしてないかが心配だ。
どこかの記事で読んだのは、女性は体調不良を悟らせないのがうまいと。
先輩なら言ってくれそうな気はするが、どうだろう。
案外大人だから黙って一人で治すのも想像に難くはない。
ぜひとも頼って欲しいものだが。
僕じゃ頼りないか…。
「おはよう。体調はどう?」
先輩は開口一番、僕のことを心配してくれたが、僕が布団の上であぐらをかいているのを見て治ったと分かったらしい。
「よかったよかった。」
と呟いて布団を片付け始めた。
「先輩。」
体を先輩の方へ向けて声をかけた。
「マジでありがとうございました。」
頭を下げた。
「いいっていいって気にしないで。」
先輩は言う。
思えば、いつも先輩は気を遣ってくれていたんだと思う。
自分は記憶がないから、事情が分かるまで余計なことは言わないように黙っていた。
本当は辛いことがあったのに、僕に心配はかけまいと気丈に振る舞っていたりもしただろう。
今だって、ぼくがこれを引きずらないように気を遣ってくれている。
でも無理だ。
僕はその気遣いを無下にしてでも先輩に返したい恩ができてしまった。
「辛くなったら、僕に頼ってください。頼りないのは分かってます。でも、僕だって、先輩に甘えてばっかじゃ嫌です。」
今度こそ、僕が最後まで先輩を守り抜くんだ。
先輩は少し笑うと、僕の隣に座って言った。
「じゃ、そうします。」
そしてまた立ち上がると、
「着替えるからそっぽ向いてて。」
と言った。
その時の先輩の笑顔を、優しさを、
僕は一生、忘れないと思う。
異世界に来てもうすぐ2ヶ月。
僕は、彼女が、好きだ。




