理不尽、それが仕事
薪運びを終えると、エイジュさんからお前はもう休憩だから好きに動け。13:30からもう一度仕事だからそれまでに戻ってこいと言われた。
好きに動けったってねぇ…。
一人で温泉街を歩くのか?
先輩も多分そろそろ休憩だろうからこの宿を探せば見つかるかな。
そう思いながら受付奥の事務作業場を出る。
するとちょうど先輩が玄関から入ってきた。
見るとその手は赤くなっている。
洗濯でもしたんだろうか。
「あ、瑞樹くん。」
先輩はこちらに気付くと手を挙げた。
僕は先輩に歩み寄ってその手を取った。
しわが寄っている。
「洗濯、手作業なんですか?」
先輩の目を見て、もう一度手に目を落とす。
…。この職場はだめだ。
これは…、だめだ。
もういい。温泉なんかどうでもいい。
次の都市へ行こう。
そこでじっくり腰を据えればいい。
そこまで考えて、
「あれ?」
と思った。
僕がひどい扱いを受けたわけでもない。
手が痛いのは先輩で、僕じゃない。
何を僕は怒っているんだ。
「そうだけど、まぁそれくらい大丈夫だよ。」
僕の心のうちを見透かしているかのように先輩は言った。
「そう、ですか。」
どこかへ行こうと思っていたが、なんだか連れまわすのは申し訳ないように感じて僕は先輩の手を放して外へ出た。
「瑞樹くんどこか行くの?私休憩だからついてくよ?」
しかし、僕のその気遣いは感じ取れないらしい。
先輩は後ろについてきた。
まぁ気遣いというのもおこがましいか。
「僕も休憩なので適当に町ブラしようかと思って。」
ついてきてくれるならうれしい。
一人は正直つまらないと思うから。
「私いないほうがいい?」
…。気遣いしたつもりが、一人で出たせいでいらぬ心配をさせてしまったようだ。
僕はやっぱりへたくそだなぁ。
「いえ。いた方がいいです。」
手を差し出す。
先輩がその手を握る。
「うん。」
はにかんでこちらを見た先輩。
僕らは二人で町を歩いた。
僕が彼女と手をつないだということに気付いたのはこのずっと後だ。
町を歩いていると、懐かしいメニューを見つけた。
カノヤのスープ麺。
四日目か五日目に働いた居酒屋のメニューだ。
あそこでは18クルスだった気がしたが、ここでは15クルスで食べれられた。
やっぱりおいしい。
この世界のこの料理はたぶんメジャーな料理なんだろう。
日本で言うところのラーメンみたいな。
だから当然店によって味も違う。
こちらは若干香りが強い。八角とは少し違うけれど、癖が強い。
僕はこちらの方が好きだ。
先輩もこっちのほうが好きと言っていたがたぶんそれは安いからだ。
その後も足湯に使ったり、饅頭は高くて買えなかったけれど作っているところを見ることができた。
一通り町を回って宿に戻った。
宿に戻る最中に先輩から夜に仕事が終わったら部屋の前に来るように言われた。
…。仕事に戻るか。
褌を締めなおして再びエイジュさんの後につく。
今度の仕事は大浴場の清掃。
時刻は13:30
ここから15:30までは入浴が禁止となっている。
この時間で排水、清掃、湯張りを終える必要がある。
僕、エイジュさん、ネトラさんの三人で仕事に取り掛かる。
ネトラさんは温泉の内部施設のほうに行って点検を行う。
エイジュさんは何やら洗剤らしきものをまいている。
僕の仕事はブラシでごしごしすること。
思った通りのかたい毛のブラシ。
大浴場の隅から隅までをブラッシングした。
毎日この作業をやっているとのことだったが、想像以上に洗剤の白いはずの泡は茶色く濁った。
こんなにすぐ汚れるのか…。
すべての汚れを落とすくらいの気持ちでブラシ掛けを終えると、ネトラさんが裏から桶を持ってきた。
中に湯が入っている。
まさかとは思ったが、その桶だけで洗剤をすべて落とすらしい。
僕とエイジュさんも加わって三人でお湯をジャバジャバまいた。
14:45。
僕らはやっと洗剤を落とし終えて湯張りを始めた。
脱衣所はエイジュさんが掃除していくれていたらしい。
僕らの仕事はいったんおしまい。
休憩かと思っていたが、休む間もなく東地区のほうまで荷馬車に乗せられ連れていかれた。
ここからは夕食の食材の運搬を行う。
東地区の馬車場は広かった。
ナリボシの中心街からしか馬車が通っていないにしては。
こういうことだったのか。
荷馬車が大量に止まっている。
僕ら以外にも温泉宿はたくさんある。
彼らも物資が必要なのだ。
エイジュさんに連れられ実りの湯と契約しているという荷馬車のところへ行く。
そこから僕らの荷馬車に物資を積み込み、宿に戻る。
物資の量が半端じゃなかった。
宿に戻って資材を運び込んでいると、宿泊客らしき人を見つけた。
何気に初めてだ。
この資材の量を見るに、それなりに人気の旅館なんだろう。
時刻は16:30。
薪運びに掃除に運搬。
もうさすがに休憩だろうと思っていたが、エイジュさんから呼ばれた。
「ここに行って布団を一枚もらってこい。」
エイジュさんはそう言うと地図が書かれた紙きれを一枚手渡してきた。
彼の手書きだろうか。
でかい図体に見合わず器用なんだな。
指示された布団屋に行き、布団を一枚購入した。
ちゃんと請求書ももらった。
これが領収書代わりというか、会社の出費を示してくれるんだろうな。
布団…。重い…。なんで布団が必要なんだ。
なんで俺がこんなことを。理不尽だ。
誰かが壊したのか…。客か?
くそ。追い出せよ。
17:30
重い布団を背負いながらなんとか宿に戻ると、エイジュさんがそれを受け取ると、
22時までは休んでていいという許可をいただいたのでいったん受付奥のスペースに入った。
請求書をそろばんパチパチさんに渡すとまた顔をじっと見られた。
髪が長い。男性かと思っていたけれど、これはどちらかわからないな。
「…。これ、きみのお姉さんあてでいいよね。」
ぼそっとそんなことをつぶやいた。
その声も男性のにも聞こえるし女性のものにも聞こえる。
しかし、先輩宛て?
「なぜ姉に?」
と聞くと、あごをくいっと部屋の隅へ向けた。
応対スペースに座る先輩が見える。
肩までしか見えないが、あれは主さんだろう。
名前忘れた。
説教か。
「姉が布団をぼろぼろに?」
犬か。犬っぽいからやりそうだ。
「いや、汚した程度なんだけど、イウスさんが反省してほしいから買い替えだって。」
なるほど…。
あのくそ婆。
イウスか。名前覚えたぞ。
後でたぶん先輩とは話せる。
励ましたりはできないけれど…。続けるかどうかは決めてもらえる。
やめたくなったなら言ってほしい。
顔を落としていて表情がよく見えないが、見ないほうがいいんだろう。
僕はそのまま温泉へ向かった。
従業員は入浴が自由らしい。
先輩はもう入ったのかな。
異世界に来て11日目にして初めて別々に行動して思う。
一人は、心細くて、暇だ。
瑞樹くんと町を回った。
最初のうちは彼と手をつないで歩いていた。
彼は私の水にぬれてしわくちゃになった手を心配していたが、彼の手もごつごつしていた。
重いものでも運んだのかもしれない。
何か気の利いたことでも言えればよかったが、私にはそんな語彙力はない。
宿に戻ると、彼とは別れ、私はイウスさんと一緒にお客さんのお迎えをしたりお送りをしたり、
アリナさんというひとから売店の店番について教わったりした。
そして、任されたのは厨房で作られた料理をお客さんの部屋まで運ぶお仕事。
204号室。
この部屋かな。
えぇと、まずはノックして、
「タラナ様。お料理お持ちいたしました。」
中から出てきたのはおとといの引っ越しおじさんみたいな好々爺だった。
「ありがとうねぇ。孫は食べれないものが多くてね。奥まで運んでもらえるかな。」
アレルギーかな。
お孫さんは奥の方ではしゃいでいる。
何の人形だろうあれ。
座卓が一つある。
内装は和風なんだ。つくづく不思議な世界。
座卓の上に置こうと屈んだ瞬間、背中をどんと押された。
お盆を持ったまま前に倒れる。
スープが宙を舞う。
そのまま布団へべチャッと広がった。
「こらセンタ!」
タラナさんがお孫さんをしかりつける。
こういう時どうすれば…?
イウスさんは?
どうしよう。
結局タラナさんが下まで行ってイウスさんを読んできてくれた。
その間最低限出来ることだけはしておいた。
イウスさんはしかりつけるでも不機嫌になるでもなく淡々と語った。
今回のことはお孫さんがどんな動きをするのか考えていなかったお前が悪い。
あの布団はもう使えない。
あの汚れは落ちない。
買いなおしになるからお前に代金を請求する。
理不尽だ。
私、正直そんなに悪いことしてないと思う。
悪いのあのクソガキじゃんか。
でも、それを一番わかっているのはイウスさんなんだろう。
顔と、声がそれを物語っていた。
それに彼女は最後笑って私に言った。
「こんな程度のことは大した問題じゃない。金でどうにかできなくなってからが、本気を出すときだよ。」
白髪まみれのしわまみれ。
なのに、こんなにかっこいい人がいるんだ。
なんとなく、瑞樹くんに似ている。
頑張ろう。
理不尽も時にはしょうがない。避けれないから理不尽なんだ。
金でどうにかできなくなった時が、本気のだし時。
今わかった。
緊張していたんだ。
はしゃいでいる子供の行動の予測不可能性を失念するくらいに。
でも、そう気づくと気持ちがふっと軽くなった。
後で瑞樹くんとこの話をしよう。たぶん同じことを言うんだ。
あと何時間仕事が続くのかわからないけれど、私は食堂の準備を始めた。




