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イデア  作者: すだちポン酢
ナリボシ編
22/39

人の目をちゃんと見て

 異世界生活8日目。

ユツムギを発って、この世界で四つ目の都市となるナリボシへ向かう。

この馬車は八時間かけてナリボシへ到着するらしい。

「瑞樹くん。」

隣に座る先輩が声をかけてきた。

彼女は僕と同じ学校の先輩。

この世界に来る直前何か大切なことを僕に話していた気がするけれど、それは僕も覚えていない。

彼女は僕より重症で日本のことをほとんど覚えていない。

名前さえ覚えていなかった彼女は、現状は僕の姉、橘ナナとしてこの世界で生きている。

「瑞樹くんは、どんな人だったの?」

馬車の車輪が動く音ががたがた響く。

どんな人、か。

「僕は、ここ2年は変わってないです。ずっとこんな感じ。」

現に何も変わってない。

「2年より前は?どんな人?」

あんまり話したくないなぁ…。

馬車の窓から外を見る。

星がきれいだ。

この世界に来てよかったな…。

さっき決めたんだ。ちゃんと僕も向き合うと。

「2年と少し前、僕は人にケガをさせたんです。」

「どうして?」

先輩は僕の目を見たまま話す。

「僕には、好きな人がいたんです。

その人がいじめられてるのを見て、なんか、腹たっちゃって。」

思い出したくない。

最悪の黒歴史だ。

「それで、その子には嫌われちゃったのかな。」

先輩は僕から目を離して言った。

「そうです。あの人は僕なんかいなくたって大丈夫だった。いじめだって耐え続けていた。僕のことなんか見てなかったんです。」

でも、それが当然のこと。

皆、案外自分のことで手一杯なんだ。

もしくは、他人に手を出さない「大人」を皆が皆持っている。

僕は自分のことを考えられたり、自分の状況を判断できるほど大人ではないし、誰かに手を出さないでいれるほど大人でもない。

「だから変わろうと思ったの?」

先輩はまたこちらを見て言った。

「いえ。僕はそれで腐って引きこもってたんです。そしたら、その子が僕に変われるって言ってくれたんです。」

助けたつもりの女の子に、逆に助けられるガキ。

それが嫌で変わりたかった。

でも、

「変われてるんですかね。僕。」

時々、不安になる。

まだ僕は皆に気を遣わせている。

そんな気がする。

惨めな自分が嫌で嫌で仕方がなかった。

でももしそうなら、僕はまだまだ惨めだ。

「変われたところもあると思うけど、瑞樹くんは優しいんだね。」

先輩が言った。

思いがけない言葉だ。

優しい…?

「僕が、優しいんですか?」

聞き返してしまう。

先輩は僕の目を見た。

「私のこと守ろうとしてくれたり、そもそも、いじめっ子に怒れる時点で優しいよ。誰も手助けしてくれないから、その子は一人で闘う強さを手に入れられて、だから君が殴ったのは無駄になっちゃったかもだけど、その子が君を元気づけたのは君に感謝してるからだと思うよ。変わらなくていいところも、あると思う。」

目を離さない。

僕も最後まで先輩の目を見た。

初めて、じゃない。

こんなことを言われたのは初めてじゃない。

でも、最後まで話し手の目を見たのは初めてだ。

そしたら、これかぁ。

ー 人の目をちゃんと見て。

それだけでこんなにも変わるんだな。

やっとどうにかできそうだよ。

僕は変われた。

先輩に気付かせてもらった。

君に教えてもらった。


 ナリボシはユツムギとは違ってちゃんと昼行性の街らしいから、この馬車でしっかり睡魔を追い出しておかないといけない。

昨日までとは少し違う、晴れやかな心のまま僕は目を閉じた。


 気づけば馬車は集落の中を走っていた。

もうナリボシに入ったのか。

日もちょっと出てきた。

大体5時くらいだろうか。

先輩も寝ている。

人と向き合って、自分と向き合う。

ずっとしたかったことが、この旅でできているような気がする。

それは、たぶん先輩の影響が大きい。

同郷の人、ってだけではない。

それだけでは説明できないほど心が向いていく。

この人からは目が離せない。

この人を見始めたことが僕の変われたきっかけだったのかもしれない。

「ありがとう。」

聞こえてない。

ぐっすり眠る先輩に、僕は声をかけた。


 8:30

この世界に来て4つ目の都市、ナリボシに到着した。

貯金は現状10,260クルス。

ここから次の都市はアムノン。

急行の馬車に乗ってしまえば、隣国ノームへと着く。

だが急行は2人合わせて3,600クルス。

高い。

やはり一個一個の都市を経由したほうがよさそうだ。

僕らの目的地、世界の中心イルキュレムのコロナへ行くために必要な費用は20,000クルス以上。

まだお金が足りない。

この街でも仕事を探して、最低限の旅費を稼ぐとしよう。


 とりあえずこの街での仕事はパン工房の手伝いと引っ越しの手伝い、コロッセオの会場案内に荷馬車への積み込み。

4つ合わせて510クルス。

この街には2泊するので馬車代を差し引いて残りの150クルスで泊まれる宿を探さなくてはいけない。

冒険者は常に資金難なんだ。

それに都市が栄えれば栄えるほど、働き手は増える。

人員が十分にあれば求人も出ない。

バイトの数が減っている。

それに、その求人も緊急ではないのだろう。

「一応念の為」くらいの感覚で求人を出しているから一番高い報酬でも時給換算で70クルス。

この先の都市でもバイトが減るようなら、やはり早い段階で金を貯めておくのがいいだろう。

次の都市にはもう少し居座ってお金を貯めよう。

ともあれ、次は宿探しだ。


 宿に使えるお金は2泊で150クルス。

一泊あたり75クルスしかない。

日本円にして3,000円。

無理だったら野宿も覚悟したが、オンボロ宿が一泊60クルスで泊まれた。

毎度のことだが安宿には感謝してもし尽くせない。

先輩との相部屋にも慣れてきた。

…。慣れていいものなんだろうか。

だんだん自分が男としての尊厳を失っていっているようで怖い。

異世界生活も8日目に突入して先輩のことも分かってきた。

色々抜けているところもあるが、基本は周りをよく見ていて的確な言動ができる。

今日の馬車での会話を思い出しても、記憶を失った彼女のほうが僕よりも大人なんだ。

この人は、どんな人だったんだろう。

そんな興味がわいてきた。

今までどんな友人にもこんな興味は抱いたことなかった。

向き合おうとしていなかったから。

人の目をみて、その人と向き合う。

やってたつもりだったけど、できてなかったか。

「瑞樹くん、もう寝る?」

そう問いかけてくる彼女に気づかせてもらった。

だから、この人から始めよう。

この人を、ちゃんと見よう。

「はい、寝ます。」


 異世界生活8日目。

僕はそんな決意をして、目を閉じた。


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