懐かしくて、真新しい
異世界生活七日目。
目が覚めた。
そういえば、今日って寝ちゃいけないんじゃなかったっけ。
私がっつり寝てた。
どうしよう…。
とりあえず謝罪。
「思いっきり寝ちゃってた!ごめん!バイト大変で疲れちゃってて。」
瑞樹君に手を合わせて謝る。
「ぐっすりでしたね。エレンさんも不満たらたらでしたよ。」
瑞樹君ってこういうとき遠慮ないよな。
ちょっと傷つく。
いや私が悪いんだけどさ。
てかエレンさんも怒ってるよね?!
「ええ本当に?!ごめんなさい!!」
エレンさんにだけは迷惑かけれないって。
本気で謝ると、エレンさんは少し笑って
「ホントですよ。寝ないでって言ったじゃないですか。」
といった。
…ごめんなさい。
朝はまだ早かったけれど、朝食を食べに行こうという話になった。
危なくないかな。とは思ったけれど、エレンさんがついてきてくれるらしい。
なら安全かな。
連れて行ってもらったのは路地裏にある酒屋。
念のため大通りまでの道は覚えておく。
そんなことしなくたって瑞樹君は覚えていそうだけど。
酒屋に入るとイメネさんという人と会った。
この人は、何かあるんだろう。
瑞樹君の様子がおかしい。
さっきマスターさんが出してくれた食べ物にも一切手をつけていない。
おなかが空いたと言ったのは瑞樹君なのに。
『慈善の猫』の人なのかな。
だとしたら相当やばい感じだ。
念のため警戒しておく。
エレンさんも気づいてそうだ。
いつから怪しんでいたんだろう。
警察団っていうのはすごいんだな。
ウォズベンさんも誇っていいと、今なら思う。
店から出る。
イメネさんの奢りらしい。
助かる。
けれども、信頼してはいけない。
絶対やばい人だ。
これが、当たった。
エレンさんに突然襲い掛かってきた。
瑞樹君がとっさに私に前に出る。
こういうとこあるんだよねこの人。
なんてことは考えてらんない。
逃げなくては…。
「先輩、ダッシュです。」
瑞樹君が私に言う。
それでも体が動かない。
わかってたのに…。
足が震えて動けない…。
「早く!」
その一言だけで体がバチンとたたかれたように目覚める。
体をひるがえして走り出す。
でも、これもかなわなかった。
エレンさんが階段下に落とされてしまったのだ。
気を失ってしまったらしく起きる気配がない。
おいていくのはたぶん選択肢に入れちゃいけない。
目の前の男の子もそんなこと考えちゃない。
とにかく私のすべきことは瑞樹君の指示に従って足を引っ張らないこと。
少し距離を開ける。
私ならこういうとき、どうするんだろう。
とにかく逃げる。
瑞樹君も落とされようものなら、私一人でも…。
嫌だ。それは嫌だ。
落とされるときは一緒だ。
ー!!
気付いた時には遅かった。
もうイメネさんは私の懐に飛び込んで思いっきりつかんでいた。
そしてそのまま、投げ飛ばされた。
あ、死ぬ。
それも違った。
瑞樹君がすぐに私を抱きとめてくれたらしい。
「大丈夫ですか。」
と問う。
「あ、うん。」
なんでか知らないけれど、この子がやるとこんな行為もすごいことには見えない。
だからかっこよくも見えない。
瑞樹君は私から手を離してイメネさんと相対した。
その瞬間、また私が投げられるような気がして、足がまた震え出した。
だめだ。私は…。
「先輩、一度階段を下りて。エレンさんをお願いします。」
そんな私を起こすのは、いつも君の声。
君のすごさを知るたびに、自分のだめさを学んで、
君の強さが、私を強くする。
きっとこういうところだ。
前に私が君を好きになったのは。
「大丈夫。」
こっちを見つつ彼は言う。
変なことを一瞬考えてしまったような気がする。
返答に少し焦ってしまった。
「え…わかった。」
彼の考えに疑いもない。
彼の言うとおりにしておけば万事OK。
そんな風に思わせてくれるのも、君のすごさだ。
エレンさんはやっぱり気を失っている、
体を起こす。
こういうときって頭に血液を流してあげないといけなかったんだっけ。
私はエレンさんの足を持ち上げる。
上を見ると、イメネさんと瑞樹君が話している。
たぶん二人して相手をこっちに落とすつもりだ。
下敷きにされたりしたらたまったもんじゃない。
すこし移動する。
警察団員は鍛えているからもっと重いと思っていたが、
彼女は体の大きさに見合った重さしかなかった。
私でも動かせるくらい。
上もなんだか騒がしい。
もう終わるかもしれない。
また一瞬だった。
男の人の身体能力ってほんとにすごい。
さすがにグロテスクで目を伏せたくなった。
でも、瑞樹君はすぐに立ち上がってこちらへ来た。
「警察に行きますよ。」
と言って、エレンさんをおんぶして階段を上り始めた。
この人が並外れてるだけ?
あんな落ち方してまだ動けるなんて…。
「あ、うん。」
呆気に取られてしまった。
階段を上がり外に出る。
もう太陽が昇っている。
終わったんだ。
エレンさんも目を覚ました。
目を覚ましてしばらく二人で反省会を開いていたが、やがて結論も出たらしい。
私とエレンさんの任務、それは警察団本部への通報。
目が覚めたばかりとは思えないダッシュをするエレンさんについていく。
大通りへの道とは違うけれど、こちらのほうが近道なんだろう。
警察団本部へ行き、ことの顛末を話す。
何人かの増援を用意してまた酒屋へ向かう。
イジェスさんに聞くと、あの階段はもともと取り調べ、もとい拷問に使われていたらしい。
警察団員の人って、やっぱり体力すごい。
息をカラカラにしながら走って酒屋へたどり着くと、
中から瑞樹君が出てきた。
ケガしてるわけでもなさそうだし大丈夫だったのか。
結局のところ、この事件はイメネさんとあの酒屋のマスターさんら、『慈善の猫』が引き起こしたものらしい。
思ったよりも単純でよかった。
不老不死を目指した研究。
ベン=ダリアスの跡取りたちが行っていたもの。
それでもちょっと嫌だね。
捜査協力と指名手配犯の調査依頼半達成ということで大金を得れたらしく瑞樹君は満足気だ。
一気にイルキュレムまで行ければ楽だったが、そこまでの大金ではない。
今晩中にナリボシまで行こうということになった。
2日ぶりの馬車。
やっぱりこの世界には慣れない。
イジェスさんやエレンさんの見送りに答えながら出発した馬車に乗る。
星がきれいに見える。
異世界生活。八日目。
私の記憶はどこで帰ってくるのかな。
それを楽しみに、懐かしく、真新しい世界にもう一歩をふみだした。




