一期一会
イメネさんとマスターの相手はイジェスさんたち警察団員の皆様に任せて、僕と先輩とエレンさんは一旦病院で軽い診察を受けることになった。
とは言え、僕は軽く頭をぶつけて、先輩も投げられたときに着地ミスって足を痛めた程度。
軽症である。
エレンさんはしばらく気を失っていたということで半日間病院で安静にしておくように言われたそうだ。
護衛の仕事を任せていた彼女の離脱。
イメネさんとかには対処できたが、村との繋がりとかまだ向こうに仲間がいることを考えると、僕らも病院からは離れないほうがいいだろう。
「申し訳ないです。報酬も半額で結構です。」
病室へ行くと、エレンさんはそう謝罪した。
さっきも思ったけれどこの人の責任感の強さはちょっとこっちの心が痛むレベルだ。
「さっきも言いましたよ。エレンさんはMVPです。報酬を倍にしたって足りないくらい。なんせ命の恩人なんですから。」
イメネさんと戦うときは確かに気を失っていたが、
初撃を防いだ功績はデカすぎる。
それ以外にも街の中でも宿でも警戒を続けてくれていたんだ。
「優しい人ですね。ミヅキくんは。」
彼女はこちらの目を見て言った。
それが案外堪えた。
目をそらす。
「僕は、昔、と言っても2年ちょっと前、人を殴りつけて病院送りにした実績があるんです。その後いろいろゴタゴタあって今は真っすぐ生きようと思ってるんです。エレンさんは、僕が見本にしたいと思うくらいまっすぐなんです。だからというわけでもないですけど、僕はあなたに優しくしたつもりはありません。全部本心です。」
僕も彼女の目を見る。
それが、人と向き合うこと。
いい加減、僕も僕にも向き合わないとな。
しばらくなんでもない話をしながら時間をつぶした。
と言っても積もる話があるわけでもない。
故郷の話をして、趣味の話をして、友達の話をして、食べ物の話をして…。
僕らがイルキュレムを目指しているという話をすると、
「聖山騒動には気を付けて。」
と忠告をくれた。
昨日の夜、人を殺したいと言った彼女。
さっき、まっすぐな瞳を見せた彼女。
どちらも本物であるけれど、警察団に入団した彼女は、たぶん後者だ。
前者は入団したあとにできた目標。
彼女は最初から今まで、ずっと優しいままだ。
病院側の懇意で僕らも病院の食堂を利用させてもらえた。
おかげでエレンさんと一緒にご飯を食べることができた。
食堂でもらったご飯を病室まで持っていて一緒に食べた。
なんだか高校を思い出す。
まだこっちに来て1週間が経ったばかり。
密度が濃くて初日のことなどもう忘れかけている。
それになんだか妙なくらい僕も先輩もすぐこっちの世界に適応した。
僕にとって大切なのは、向こうなのかこっちなのか。
全く違う世界で、全く違う生活なのに、違和感がない、というか、慣れしたんしんだ感じがするのは、この世界を、この場所を、懐かしく思うのは、どうしてだろう。
病院食なのだから当たり前だが、味が薄い。
美味しくもないが不味くもないご飯を食べながら、
また時間を過ごした。
昼下がり。
ご飯を食べ終わってしばしの休息と言って転寝していたところ、イジェスさんがやって来た。
「ミヅキ。ちょっとすごいことになってるぞ。」
開口一番、彼は興奮を隠しきれぬ様子で言った。
「何がですか?」
当然の問いである。
「さっきまでイメネとアスタに事情聴取をしていたんだがね、『慈善の猫』という集団はエドクレイからナリボシにまで勢力を広げている違反研究集団らしい。それと、ベン=ダリアスの死亡もアスタの口から出てきた。誘拐事件と違反研究の撲滅に向けて大きな一歩だよ。最高だ。しかも、このあと君たちが請け負ってる依頼、あれが誘拐した子供のパーツ輸送に使われるんだそう。同行、というかもうその馬車まるまる調べさせてもらうよ。」
イジェスさんはハスハスしながら言う。
「それはすごい。報酬も期待できますね。」
少し意地悪いことを言ってやったつもりだったが、
「大いに期待してくれ。この事件を解決近くまで持っていたのは君が初めてだ。それに、ベン=ダリアスの消息がわかったのも大きい。懸賞金7500クルスのうち4500クルスを君たちに。誘拐事件の捜査協力に対しては2500クルスを支払うことに決めた。今後の出来次第ではさらに上乗せもあるから期待してくれ。」
ニッコリと笑って彼は言った。
一気に7,000クルスげっとだ。
これで貯金も10,000クルスに乗っかった。
何があっても大丈夫ってわけではないが、次の都市、というか1回くらいなら急行を使ってもいいのでは?
急行は確か隣国まで運んでくれるはずだ。
イルキュレムがまた少し近づいたな。
先輩も嬉しそうにこちらを見る。
一応金勘定もしてくれているみたいだ。
拳を握って向ける。
グータッチだ。
「やったね。」
彼女はそう言って笑った。
日も落ち始める頃、エレンさんは半日入院から退院した。
依頼の時間も近いので僕らは一緒に馬車場へ向かった。
昨日のバイトの経験が生きる。
案内された番号の馬車場へ行き、
イジェスさんたちが抜き打ち検閲を行う。
これで…。
「見つかりました。腕です。」
1人の男性団員が腕を発見した。
それを皮切りにどんどん子供が分解されて出てくるでてくる。
こんな酷いことを…。
あまりのグロテスクに思わず目を伏せる。
これが人間に見えたのかあのマスター。
ヤバいな。
ここにきて初めて誘拐への憤りを感じ始めている。
今ここで馬車の行き先まで突撃すると言われればついていっていたかもしれない。
結局そうはならなかったが、明日以降突撃も行うらしい。
バイトの報酬は当然得られなかったが、これも捜査進展として250クルスをもらうことができた。
この仕事ウメェ〜。
「2人は明日にはここを出るんですよね。」
仕事を終えると、エレンさんはそう聞いてきた。
「そのつもりです。急行の馬車を使おうか迷っているところではあるんですが。」
実際、もう今夜のうちに発ってしまうのがいい。
何か助言をもらおう。
「ん〜。イルキュレムまでですか。急ぎってわけじゃないなら一個一個の都市を行く馬車のほうがいいと思いますよ。急行馬車って高い運賃の割に速さ以外は普通ですから。」
そうなのか。
ゆっくり巡る時間はまぁ、あるのだろう。
次の聖山騒動まではあと3年ある。
早く行けば3ヶ月で終わる旅路だ。
安さ重視でもいいだろう。
一泊もせずに次の都市次の都市とけば急行と同じ進み具合で安く済ませられる。
「じゃあ、ゆっくり行きます。」
これはエレンさんではなく先輩へ向けた言葉だが、
聞いてるのかな。
先輩はずっと僕の後ろにいて、表情を見ることはできない。
でもこの人、周りのこと見てないようで見てるからな〜。
聞いてくれてただろう。
「では気を付けて。」
0:40発、ナリボシ行き。
馬車に乗り込み、エレンさんとイジェスさんに別れを告げる。
「2日間、ありがとうございました。」
僕と先輩は頭を下げる。
「こちらのセリフですよ。」
僕らの頭の上がるタイミングに合わせて2人は言った。
「君たちのおかげで誘拐事件の解決がぐっと近づいた。報酬だけでは足りない恩義を感じているよ。」
イジェスさんが続けると、
「私も、誰かを守りたいという警察団員になった当初の目的を思い出せました。また精進して、いつかこの恩を返したいと思います。」
エレンさんも続いた。
その目はやっぱり優しかった。
敵を忘れることはできないだろう。
それでも、そんなことは関係なく人を守ろうとする彼女は、優しい人だ。
「じゃあまたここ来ます。」
そんなつもりないけどね。
エレンさんはうなづいた。
馬車はまもなく出発した。
「ご安全に~!!」
イジェスさんとエレンさんは大きく手を振る。
それを見て先輩も手を振っている。
僕も手を振る。
異世界生活は8日目に入った。
この世界には慣れてきた。
人生は18年目に入っている。
それでも、別れの寂しさには、慣れない。
一期一会。もう帰ることのない街、もう会うことのない人。
この旅を終えれば、僕はきっと、やっと、みんなの顔が見れる気がする。




