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イデア  作者: すだちポン酢
ユツムギ編
19/39

人間になる。

 「取っ組み合いには、なりそうもねぇなぁ!!」

イメネさんは叫んで突進してきた。

サウスポーの構えから俺は右のジャブを出す。

首を軽く曲げてそれを躱すとイメネさんは両手を広げて捕まえに来る。

ドッヂボールの時体をくの字に曲げてよけるようにそれを躱す。

階段でこの動きをしたのは初めてだが、登山の経験が生きた。

階段なんてのは適当に足を踏み出せばそこにある。

父に感謝だ。小さい時から歩かせてくれてありがとう。

止まらずに突っ込んでくるイメネさんを壁際によってよける。

彼に上を譲る形になったがまぁいい。

彼の狙いはエレンさんと同じように僕も階段の下へ落とすこと。

押し出しに来たところで、仕掛けられる。

先輩のほうへ行かなければ…。

そんな僕の考えを見越したのか、彼は一気に階段を上がり始めた。

落とすのか?それとも連れ去る?

とにかく後を追う。

だが、彼も警察団員。

差は縮まらない。

先輩は恐怖からか、まったく動きもしない。

クソッ!

「先輩!」

イメネは先輩を捕まえ、そのまま体をひねって投げた。

俺ごと落とす気か!!

腕を伸ばせば先輩に触れることはできる。

でも、ささえられない。

そのまま一緒に落ちるのがオチだ。

でも!!

僕は腕を伸ばす。

先輩の背中へ触れる。

勢いのあまりに足が浮き、体が後ろへ倒れる。

先輩を抱きかかえて体をひねる。

一歩二歩。

大きく階段から駆け降りる。

もう一度体をひねって右手を離して手摺をつかむ。

左手で先輩をがっしり支えて、左足でグッと踏ん張る。

「ダイジョブですか?」

頭ぶっけた。痛い…。

「うん…。」

そう答えた先輩の足は震えている。

そりゃ無理もない。

この男に襲われたりしたら男の俺でもちびる。

「大丈夫。」

根拠はないが、そういって落ち着かせようとする。

…。自分自身を。

イメネさんの狙いは僕でも先輩でもどちらでもいいんだ。

先輩を前に出したりはできない。

後ろに回してても危ない。

…。決めた。

「先輩、一度階段を下りて。エレンさんをお願いします。」

イメネさんからは目を離していない。

にやにやしながら降りてくる。

すこしだけ振り返り、もう一度言う。

「大丈夫。」

「…。わかった…。」

先輩はそういって階段を下りて行った。

ちょうど地下と地上との中間くらいで、僕とイメネさんはもう一度向かい合う。

「少年もさ。考えろよ。運動はすげぇできるみたいだけど、流石にこの体格差じゃ勝てないよ。」

思いっきり見下しながら言う。

「僕は柔道家なので。」

最終確認。

「んだそれ?方言かなんかか?」

勝てる。

「そうです。意味はそのうち分かります。」

そう言うとイメネさんは笑った。

「あきらめないやつとかそういう意味だろ?無理。一発でお前は寝る。ここはよぉ。そのための場所だ。

この階段。なんで一直線で、なんで石でできてると思う?都合の悪いやつを消すためだよ。あそこの酒屋の店主。あいつも協力者な。呼べばすぐに来る。お前ら詰んでんだよ。俺らに首突っ込まなきゃよかったなぁ。」

堂々と自白して。

本当に自分が負けることなんて考えていないように見える。

「ムカつくな。」

小さくつぶやく。

本当に、自信を持つことはよくない。

「僕は首を洗ってちゃんと真っ当にここ二年は生きてます。だから寝かされることはないと思います。」

学校も。家も。俺にとっては邪魔だった。

でも、俺は今は違う。

高校入学の日から、生まれ変わってる。

「何言ってんださっきから。意味わかんねぇし、そもそも、お前が何言ったって、もう無駄なんだよなぁ!」

イメネさんは叫びながら突っ込んでくる。

狙いはわかりやすく突き落とすこと。

普通に考えれば、それが最も効率的で合理的。

でも、俺は日本人。体育の成績は5。

左足を引いて半身に構える。

彼の左手を僕の左手でつかむ。

右手で彼の襟をつかむ。

抱き寄せに来る右手には抵抗しない。

右足を軸に体を半回転。

背中を丸める。

彼の足が浮く。

僕も飛ぶ。

『柔よく剛を制す』

体育真面目に受けててよかった。

背負い投げの形で彼を投げ、下敷きにして階段を滑り降りる。


 階段を降りると、すぐにナナさんのもとへ駆け寄る。

イメネさんは動かない。

気を失ったのか?

エレンさんも気を失っている。

今のうちだ。

僕はエレンさんを背負う。

「警察へ行きますよ。」

先輩へ声をかける。

「あ、うん。」

先輩はしばらく呆気に取られていたようだが、返事をした。

惚れられちゃったかな?

なんちゃって。

急いで階段を上る。

店のほうからマスターが出てこないかだけを警戒して、地上に出た。


ーー勝った。


 いかんいかん。余韻に浸る暇もない。

警察団員に伝えなければ。

でも、その間にここからイメネさんが逃げたら?

「…ん。」

エレンさんが目を覚ました。

彼女を下ろして声をかけた。

「おはようございます。」

まだ記憶が混乱しているのか、彼女はしばらく下を向いてから言った。

「私は…、役に立てなかったんですね。」

ん?

「何言ってんですか?」

エレンさんは答えた。

「私がいるとか言っておきながらすぐに階段落とされちゃって。」

…え?そんなことで?

「いやいや、最初にイメネさんの攻撃に気付いたのエレンさんじゃないですか。それがなかったらぼくら三人ともお陀仏ですよ?MVPじゃないですか。」

彼女は何とも言えない顔をしてこちらを見る。

「MVP?」

伝わらないか。

「一番の功労者ってことです。」

というと、エレンさんは眉間にしわを寄せた。

「本気で言ってるんですか?」

この人責任感つよ。ちょっと引くわ。

「こっちのセリフですよ。それにまだ終わりじゃないです。本気で役に立てなかったとか思うんなら大仕事をお願いします。」

責任感が強い人には、何かお仕事を上げると喜ばれます。

変態ですね。

エレンさんは眉間のしわを解いてこちらを真っすぐに見つめた。

扉の向こうからは何の音もしない。

まだ寝てくれてるんだろう。

「任せてください。何でもやりましょう。」

こちらから視線を外さずにそう言った。

その目には確かな熱があった。昨日のものとも、今朝のものとも違う。

ホントはそれで警察団員になったんじゃないの?

「ナナさんを本部へ連れて行って、報告と増援をお願いします。10分以内で!」

なんだかドラマの警察官の上司みたいでかっこいい。

なんてことを考えるのは僕だけだろう。

「了解!」

立ち上がると、エレンさんは先輩を連れ走り出した。


 彼女の背中を見送りながら僕は振り返る。

「さて、どうかな。」

扉を開け階段を見下ろす。

大男が倒れているのは見える。

階段を一段ずつ降りる。

イメネさんは完全に気を失っている。

息はしているようだが、打ち所が悪かったら植物になっちゃうな。


 とんでもないことをした。

それなのに心はやけに凪いでいる。

どれだけ首を洗ったつもりでも、俺は俺のままか。

そのまま酒屋の戸を押し開ける。

「いらっしゃい。」

マスターは変わらない。

「イメネさんから聞きましたけど、あなたも協力者だって。」

襲い掛かってこられたりしたら面倒だったが、それはしてこない。

「そうですね。というよりむしろ、私が彼を誘ったのです。」

マスターはゆっくりとそう言った。

「二人とも『慈善の猫』の関係者ってことでいいですか。」

彼は頷いて話し始めた。

「私はある人を信仰している。その人は素晴らしい科学者です。世間からは違反研究家と呼ばれますがね。」

ベン=ダリアスか。

「彼は命の限界について常々疑問を抱いていたのです。なぜなくなる?なぜできる?と。彼が求めたのは究極体。老いも死にもしない存在です。それこそが人間であるとそう言って。まぁ研究むなしくだいぶ前になくなりましたがね。」

そうか。死んでいたのか。まあ生きてるとしたら90越えだし、驚くことはない。

「それでも私と同じように彼に感化された存在が集まったのが『慈善の猫』です。」

「そんなにつらつらしゃべって大丈夫なんですか?」

あまりに正直に話すので心配になってくる。

「これでも酒屋の店主。たくさんのお客を見てきました。あなたは今の話に何か感じているとは思えない。他言するようなことはないでしょう?」

それはそうだが…。

「警察へ行くんですか?」

マスターは少し考えてから言う。

「すべては君がイメネ君をどこまでやったかです。ショックを与えるとしゃべれなかったり動けなかったりする状態になる人間は何人かいますから。」

「あなたも研究を手伝ったりしたんですか。」

「私が手伝ったのは誘拐です。誘拐した子供をこの店の隣の部屋へいったん集めます。階段から落として運ぶので眠っていたり、死んでいたり様々です。」

なるほど。

「それで今日は隣の部屋から子供たちを連れだしてまたどこかへ運ぶ予定だったんですか。」

「いいえ。それはもう昨日のうちに済んでいます。彼らが必要に応じて殺したり腕を取ったりなんだりした後、馬車を使い輸送してもらうんです。」

ー!!

馬車輸送。荷物の積み込みの手伝いバイト。

つながりよすぎて怖くなるな。

「…。話し過ぎたようですね。」

僕がこの話に興味を持った瞬間さえわかるらしい。

さすがマスター。

「警察へ行くのが怖くないんですか?」

この世界の法律は知らないがおそらく極刑は免れない。

「いくら不死へあこがれようが、不老を目指そうが、それは叶わないと知っていますからね。だからこそ、私はベン=ダリアスを崇拝している。彼こそ実に人間ではありませんか。欲望に貪欲で、臭いくらい真っすぐで。昔、君くらいの頃でしょうか。私は私が人間であるかどうか自信を持てなかった。死ぬときはじめて人間になる。これもまた良い。不老不死へ興味などありませんが、例えばそれがあったとして、その研究は私の死なぞなかったかのように進められる。それもまた、人間の営みらしくていい。だから怖くはありません。私のこの証言で研究者が皆死んだとしても、それもまた、私にはよいものと思えるのです。」

遠くを見るように彼は語った。

悪いがまったく響きやしなかったが。

「そうですか。」

「そろそろイメネ君を見に行った方がいい。大体十分前後で目を覚ましますから。」

マスターに促され、外へ出る。

よろよろと立つ大男を見つける。

が、まぁこの男はどうでもいい。

逃げようがなんだろうが証人は僕にエレンさん、先輩に、マスターがいる。

僕は彼の横を素通りし、また階段を上がり外へ出た。


 日が昇り始めている。

「お~い。ミヅキ君!!」

向こうからイジェスさんたちが走ってくる。

これで終わりか。

深く息を吸い込む。

驚くほどに済んだ空気が入ってくる。

僕はこういう時に人間を感じる。

扉を振り向く。

向こうにいる彼も、そうやって人間になれたら。

「まぁいいか。」

昇り始めた太陽を見ながら、僕はもう一度息を深く吸い込んだ。



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