最終局面
夜は寒いな。
先輩はまだ寝ている。
今は何時だろうか。
窓辺によって外を見た。
誰もいない。
そもそも僕らは何で寝ないんだ。
『慈善の猫』
とかいう怪しげな団体。
それが連続誘拐の犯人である可能性。もしくは全く別の犯罪組織であること。
それを僕らは知った。
そのあと、僕らをつける何者かを二、三回見つけた。
殺されたり、さらわれたりするかもしれない。
この辺りは治安が悪い。
不法侵入とかはお手の物だろう。
だから寝ていない。
エレンさんはずっと沈黙したまま虚空の一点を見つめている。
彼女は人を殺そうとしている。
迷いは一切ない。
が、自分が間違っていると、そう思っている。
まあ、僕にとってはそんなことなんかどうでもいいが。
彼女の境遇や過去には同情する。
父は母を捨て逃げ、
弟と母、たった二人だけの家族も奪われた。
だから、殺したい。
不思議な話でも何でもない。
至極筋の通った話じゃないか。
エレンさんの視線の先を僕も見る。
うん。なんもない。
母さんの影でも見てるのかな。
僕はぐるぐる歩き回り、先輩はぐっすり寝続けて、エレンさんはぼーっとし続ける。
そうして、静かに夜を終えた。
「思いっきり寝ちゃってた!ごめん!バイト大変で疲れちゃってて。」
見苦しい言い訳。
この人ってホントにこういうとこ直した方がいいと思う。
「ぐっすりでしたね。エレンさんも不満たらたらでしたよ。」
「ええ本当に?!ごめんなさい!!」
先輩はエレンさんにも頭を下げた。
「本当に。寝ないでって言ったじゃないですか。」
昨晩の様子が嘘のように、エレンさんは笑っていった。
時間は10時。まだ外出には早いか。
もう一度窓を見る。
やっぱり誰もいない。
……。
「おなかすきました。」
昨日の夜は何を食べたっけか。
でも、この時間帯に出歩くのはなぁ~。
「じゃぁご飯でも行きますか。」
エレンさんがそういう。
先輩が言うと思ってたのに。
「でも危なくないですか?」
この時間帯の外出は昨日きりで十分だ。
怖い。
「大丈夫。私がついてます。」
そういった彼女の眼には確かな強さがあった。
もっとも、それは誰かを守るための強さではないようだが。
やはりここの朝は人がいない。
開いている店さえ少ないんじゃないか。
と思いながらエレンさんの案内に従う。
さすが現地人といったところか。
この時間帯でもやっている店を知っているという。
怪しい店のにおいしかしないが。
網目状に道がぐちゃぐちゃになっている細い路地に入る。
右に行ったり左に行ったりを繰り返した先にその店はあった。
外観だけでは何の店だかわからない。
というか店なのかもわからない。
一見するとただの住居だ。
当然店内の音も聞こえない。
何の店だ?ここ。
そんなことを考えながら立ち止まっていると、エレンさんは言った。
「ここは警察団員御用達の酒屋です。飲み会から会議までここで行えるんです。」
言いながらドアを開ける。
現れたのは地下への階段。
向こうで見てた漫画に出てきた地下室への入り口みたいだ。
コツコツ音を立てながら二回分くらい下っただろうか。
そこは住居なのか、ドアが左右に3個ずつ並んでいる。
エレンさんはそのうち左の一番奥の扉を押した。
そこはシュトレスの居酒屋とは違った雰囲気の、どちらかといえばバーのような雰囲気の店だった。
「いらっしゃい。」
マスター、だろうか。
当然だがこんな所へ来たのは初めてだ。
訳も分からず店内を見渡す。
地下だから当然窓は一つもない。
おしゃれな照明が店内を淡く照らしている。一個光ってないのもある。
ボロボロのソファ席はなんだかドラマに出てくるキャバクラのよう。
カウンター席はないんだな。
ーー!!
瞬間、背筋が凍った。
それなりに広い店内。
入口からは視覚になっていた部分に、昨日、僕らを、監視していたやつがいた。
どうして?ここに来ることはわかってて?エレンさんはグル?
そんな訳の分からない考えまでも浮かんでくる。
もう一度彼の席のほうを見る。
彼もこちらを見た。
不運である。目が合った。
しばらくそのまま見つめ合うと、彼は目を伏せ、木製のコップに手をかけ、中身を飲んだ。
よかった。助かった。
ホッと胸をなでおろす。
「あれ、イメネさん?」
エレンさんが声を上げた。
イメネ…?
マスターか?
違う。
あいつだ…。
「イメネさんは私の先輩筋にあたる方で~」
エレンさんは彼についていろいろと話している。
が、何も入って来やしない。
イメネ、というこの男は警察団員なんだそう。
ではなぜ、そんな彼が、僕がドルト村から逃げてきた後、後ろを付け回してきていたのか。
思いっきり平和なことを考えれば、エレンさんだけに任せるのは不安に思ったイジェスさんが命令して守ってもらってた。
ということ。
思いっきりネガティブな思考をすれば、彼が『慈善の猫』の関係者であるということ。
後者であった場合、今この状況は危険すぎる。
エレンさんはわかってるのか?
…。
今もまだ何か話している。
僕はマスターが出してくれたパンみたいなものと適当なカクテルとかいうやつに一切手を付けれないまま、店を出た。
店を出る際、
「俺が出そう。」
と言ってイメネさんが勘定を済ませてくれた。
エレンさんがいることでいい上司の体を保とうとする意思が働いたか。
助かる。
先輩を先頭に階段を上る。
堅い靴音と、僕らの安い革靴のひたひたという足音が響く。
ここ、人はたぶん住んでないんだろうな。
ーガコン!!!
後ろから普通の状態では出ない音が鳴り響いた。
「お前いつから気づいてやがった?」
「昨日の時点で確定しました。疑いはずっと前から。」
イメネさんが下を向き問いかけ、しゃがんだ状態のエレンさんが答える。
蹴ろうとしたのか?後ろにいた人を体を半回転させながら?
壁が削れている。
…。
「先輩ダッシュです。」
呆然としている先輩に言う。
今僕のすべきこと。
ようやっと現れた『慈善の猫』のしっぽを逃がさないこと。
一刻も早く本部へ行ってこの状況を伝えること。
恐怖で震える足を鼓舞して一歩を踏み出す。
先輩を押す。
「早く!」
すると先輩もはじかれたように階段を駆け上がり始めた。
「なぁ、少年。そううまくいくと思うか?」
後を追おうとしたところにイメネさんから声をかけられる。
ー!!
一瞬のうちに、エレンさんは階段下に落とされていた。
「先輩待った!」
イメネさんから視線は外さないまま先輩へ言う。
ここで単独行動はご法度。
だからと言って、二人でどうにかできるあれじゃない。
「エレンのやつ、馬鹿だよなぁ。体格の差を置考えればわかるだろ勝てないって。」
笑いながら言う。
「ですね。笑える。」
このまま時間をつぶしたい。
つぶせなくとも構わない。上へいるうちは柔術にだけ警戒すれば下に落とされることはない。
一番、先輩を守る。
二番、ここから逃げる。
三番、本部へ行く。
前提、イメネを倒す。
イメネさんは首を鳴らしている。
どうやら会話はできそうにない。
「僕、命がけの取っ組み合い初めてです。」
覚悟を決めろ。
水泳歴8年、陸上3年、登山は日常。体力だけはあるんだ。
それに、俺はボクシングファン歴2年。
解説だけは見あさってる。
やってやる…。
「悪いなぁ。少年。取っ組み合いにはなりそうもねぇなぁ!」
大男は僕へ向けて一歩、踏み出した。
僕はもう一度、拳を振るう。




