第1話
午前のブレイクタイム、俺がコーヒーを一杯飲もうとしたとき、職場のオフィスでパソコンに向かう同僚が声を上げる。
「声優の岡本愛美、結婚したってよ」
「マジかよ!マナミンがッ!」
「ニュースサイト見てみろよ」
「本当だ!」
「お相手は一般の男性だって。どんな人だろうな」
「芸能人と結婚できる一般男性なんてうらやましいぜ」
「オレもなりてーその一般男性に」
(そうそう。そうだろ。そうだろ。何を隠そうその一般男性っていうのは俺のことだ)
そう。俺、佐久間 建人 40歳だ。
「佐久間さんもそう思いません」
「そ、そうだな」
(もっと言ってほしいな)
俺が声優の岡本愛美と出会ったのは決して特別なことではない。
1年前のこと、行きつけの居酒屋でバイトしていた彼女と知り合い、意気投合。
「はーい。生ビールお持ちしました」
「君、ずいぶんと特徴的な声だね。言われない?」
「はい。声優の卵です」
「へぇー、そうなんだ」
そのときの彼女は売れる前、まだ駆け出しの声優だったころだ。
「うらやましいな。俺も夢を追いかけていた時期があって、あれこれやっていたけど、
この歳までまだサラリーマンだ」
俺が脚本家を志して映画やドラマの撮影現場のお手伝いをしていたころの話を興味津々に聞いてくれるうちに
すっかり打ち解けてしまった。
そこから交際に発展し、俺も来年でアラフォー、彼女も芽が出ないまま29歳になってお互い身を固めようと
俺からプロポーズ。
「マナミン、俺と結婚してくれッ!」
そんな矢先だった。彼女は日曜朝の幼女向けコンテンツ“プリチュア”シリーズの主役オーディションに合格。
一躍有名声優になった。
その後、人気作品に出演を重ねて、彼女の結婚報道がネットニュースになるほどの知名度を得た。
彼女が有名になったからといって結婚の話は止まらない。
彼女と俺の実家に結婚のあいさつに行ったときのことだ。彼女は甥っ子と姪っ子の心を鷲掴みにして見せた。
「お姉ちゃんでしょ。弟を泣かせないの!」
「だってわたし、悪くないんだもん。颯太が」
姉弟ケンカをして母である妹に叱られてグズっている姪っ子に彼女は声をかけた。
「私は愛と絆の戦士、チュアサファイア!ヒメカちゃん。お姉さんの正体はお母さんには内緒よ」
「チュアサファイア⁉︎」
姪っ子は思わず口を抑える動作をして「うん!」とうなずく。
一瞬だった。
「おじちゃん、グランカイザーに倒される敵やって」
「え⁉︎ 今かい?」
「いまだグランカイザー!合体だ!」
「⁉︎」
“勇者列伝 グランカイザー” の主役の少年も演じた彼女は甥っ子の心も一瞬だった。
ただ1番ビックリしたのはーー
「小川範子 ⋯⋯マナミンって芸名だったの⁉︎」
「黙っていてごめんなさい」
「い、いや⋯⋯てっきり俺、岡本性になると思って姓名判断まで調べちゃって⋯⋯」
俺は彼女の都合もあって婿養子になる約束をすませていた。
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