ささくれて、冬
同居猫を撫でていると気がついた。
右手人差し指にささくれがある。
爪の左側に硬化した皮膚が浮き上がって、撫でるごとに猫の毛にひっかかり、痛みが走る。
あおん。
めったに膝に落ち着かない猫はまだ撫でられ足りないと鳴く。私は両手で御主人様の見事な毛並みを撫でまわす。
撫でながらつめきりを探す。ささくれを短く切り取れば、まだ痛みはマシになるだろう。
手の届かない場所にある。机の反対側。
あおん、わおん。
撫でに本気度が足りないと鬼教官は檄を飛ばす。せめてささくれが引っかからないよう掌底のあたりで撫でる。膝は彼女の重みに完全に抑えられ、窓から伝わる冷気がストーブの加護から離れるのを躊躇わさせる。
鬼教官の猫を撫でながら、ストーブで温まり、ささくれを退治する聖剣ツメキリを求める。
間のぬけたサーガである。
つめきり以外で対応するか。しかし魔物ささくれには以前噛みついて酷い目にあった。痛い話なので詳細は伏す。
せめて腰を上げられないかと猫のご機嫌を伺う。
ぶるるるるる。ぶるるるるるる。
喉を鳴らしている。
私はささくれと共生することを考え始めた。この調和を乱すくらいなら多少の痛みは耐えられよう。決して、決して面倒くさいわけではない。
「あー…」
「なにやってんの」
同居人が帰ってきた。
机の反対側に腕を伸ばして、もう片方の手で猫を撫でている私を見て、彼女は呆れていた。
「つめきり取って」
「どうしようかな〜」
返事は冷酷だった。
「ささくれと共生するしかないか…」
「ささくれ? どこどこ」
冷酷な同居人は私の手を取る。
右手人差し指にそれがあるのを確認して、にこりと笑う。
「引っ張っていい?」
「だめに決まってんでしょ」
残忍な魔の手に抵抗していたが、意外にも魔王はつめきりを手に取った。
猫でも撫でるように私の指を伸ばし、ささくれに聖剣を当てる。
「じっとしてなよ」
かくして魔物は刈り取られた。
「…ありがと」
彼女に礼を言い、私は猫を撫でる作業に戻る。