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大和ばっふぁろお奇譚 ~火牛の計~

 かくして木曾次郎には三分(さんぶ)の内にやらねばならぬことがあった。

 全てを破壊しながら突き進む暴れ牛の群れを治めねばならぬ。

 信濃国安曇郡木曽の谷山を埋め尽くさんばかりの牛共を次郎はぐるり睨みつけ、動行を見た。

 奴らは谷を落ちるように駆け降りたかと思えば崖を登り、また駆け降りる。その繰り返しである。その間にある村はことごとく塵と消えている。

 次郎が見張り台へ登るまでに村人は対策を講じなかった訳ではなかった。しかし藁束で気を引こうと、肥を撒こうと、牛共は走るのを止めはしなかった。牛共は腹が減っている訳ではなく、山犬から逃げている訳ではなく、ただただ集団ひすてりいに陥っているだけであると次郎は考えた。

 次郎は残った村から二十ばかり牛を借りて来た。その角に一抱えほどもある松明を括りつけさせる。それから村人へ火種を持たせて大人しく待つ飼い牛共の角に火を点けさせたのである。

 それいけ、やれいけ。

 追い立てると燃え盛る牛共は谷山の野牛共の群れと混然一体となる。野牛は当然驚くが、不思議と統率が取れていく。

 赤い炎の明かりに本能を刺激された牛はその明かりめがけて走るのであった。

 谷から牛の群れは姿を消した。

 木曽次郎のちに源義仲と伝わるこの男は、火牛の計によって倶利伽羅峠の戦いを制するのであるが、彼が青年期を過ごした里山での功績はほとんど残っていない。

 源頼朝との権力争いに敗れ、失われた伝説である。



 時は下って天保。

 京は『件』の話で持ちきりであった。

 人間の顔に牛の身体を持つ奇妙なものが現れ、豊作を予言して消えたという。

 その姿絵を町民はこぞって買い求めた。件の瓦版は刷られ続ける。


「お、おいっ、あれを見ろよ」


 瓦版を懐に入れた町民が指さした。

 その先には、件、件、件の群れである。

 人間の顔は表情を映さず真正面を見据え、牛の体はその体躯を滾らせて走る。

 茶屋が破壊される。牛車が飲み込まれる。

 件の群れは全てを破壊しながら突き進んでいた。


「逃げろ、逃げろぅ」


 京は地獄と化した。

 件の角に火が灯っていたことに、気付いた町民は幾らもいただろうか。

 義仲の亡霊がまたがり松明を振るっていたことも、はたして。

 件の群れは御所へと至る前に陰陽師の群れの集団祈祷によって祓われ、煙の如く姿を消した。


 その年は予言通り豊作になった。

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