表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/37

傷のない右腕

 男には三分以内にやらなければならないことがあった。

 この殺人の始末だ。


 死体の喉にはくっきりとネクタイで絞殺された跡が残っている。

 場所は便所。相手はかつての同級生。口論がヒートアップしてやってしまった。

 指には髪の毛が絡まり抵抗の跡を残している。

 興奮していた感覚が静まり、ひりついてきた頭皮を男はさする。


 三分後には同窓会の会場に戻らなければならない。

 しかし、三分で死体をこの場から消滅させることはできない。


 男はおもむろに、自分の顔を便座に叩きつける。五回ほどで男は耐えきれず止まった。

 個室の扉に蹴りを入れた。派手に音を鳴らし、人が来る可能性もあったが男は奇行を続けた。

 それから死体の彼は常に十得ナイフを持ち歩いていたことを思い出し、衣服を漁る。

 指先ほどの刃物で男は自分の首を、腕を、胸を切り刻んだ。

 男は殺人の証拠を『正当防衛』で塗り替えようとした。


 硬直を始めた死体の手に十得ナイフを握らせる。

 首を押さえて男は廊下へ出た。

 痛みに耐えながら、すれ違う者の視線を集めながら、男は会場への扉を押し開く。


「救急車を」


 かすれた声が出た。

 男を中心に、会場へ不安が広がっていく。


「トイレにもいる。救急車を、早く!」


 男は叫んだ。首の傷が開くのが手の感触でわかる。

 床に腰を下ろす。心臓は激しく鼓動している。この程度の工作で欺けるだろうか。男の頭は冷えているのに呼吸は静まらなかった。


「大丈夫?」


 声をかけたのは、男と死んだアイツの共通の思い人だ。

 三分の制限時間を与えたのは彼女だ。三分以内に話をつければ、彼女はどちらかのものになると約束した。だが、そもそも二人と同時に通じていたのを彼女は黙っていたのだ。その結果がこれだ。魔女め。男は自分が犯した罪を棚に上げて睨む。

 女は男の手を取る。


「ほら、右腕だけ綺麗だよ」


 男は、言われて自分の右腕を見る。

 袖が細い指に捲られ、傷ひとつない腕が見えている。


「ちゃんとやらないと」


 女は笑っていた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ