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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

同じ境遇で育ったのに、あの女は貴族に引き取られ、私はまさかの下女堕ち!?しかも、老人介護を押し付けられた挙句、恋人まで奪われ、私を裸に剥いて乱交パーティーに放り込むなんて許せない!地獄に堕ちろ!

作者: 大濠泉

◆1


 その晩、さる貴族家のお屋敷では、黒服を着た男女が大勢集まっていました。

 かれこれ五十人を超える人数はいるようです。


「すごい人だな……」


 ライクが額に手を遣ってつぶやくと、隣でアメリアもゴクリと喉を鳴らします。


 資産家で有名なビリオ男爵家で、従業員の募集がありました。

 たいがい貴族家では、広く一般に従業員を募集することはありません。

 縁故がある者を、家令を通じて、執事や侍女、侍従などとして雇用するのみ。

 それなのに、ビリオ男爵家は、経歴も身分も不問にして、執事や侍女となる人材を募集しました。滅多とあることではありません。


 貴族家で執事や侍女をしていたものの、その家が没落したために失職した者や、大商人の家に奉仕してヘタな貴族よりも礼節を身につけた人材も、大勢います。

 そういった者たちが、いっせいにビリオ男爵家に集まってきていたのでした。


 ライクとアメリアも、幼少時からマナーを叩き込まれたのに、縁故が薄いため、雇用にあぶれた人材でした。

 二人は孤児院の出身でした。

 修道院が孤児院を経営していたので、元伯爵令嬢だった修道女から、マナーを叩き込まれていました。

 ですが、履歴の悪さから、小売店での荷物運びや、売り子にしかなれず、不満を持っていました。

 孤児院を出て以来、ライクとアメリアはそれぞれ別々の店で働いていましたが、付き合っていたため、示し合わせて、今回の貴族家による従業員募集に応じてみたのです。


 ライクがアメリアの肩を抱き寄せつつ、広い会場の壇上を指さしました。

 一人の人物が、扇子を手に、壇上に姿を見せていました。


「あれが俺たちの雇い主だ。おや、女性? お嬢様か」


 ライクのつぶやきに、アメリアは目を凝らします。


「ーーあれ、あの娘……」


 ライクとアメリアの二人にとって、見覚えのある女性が、ビリオ男爵家のお嬢様として、壇上に立っていました。

 なんと、同じ孤児院で育ったエリーでした。


 目を丸くするライクとアメリアに向けて、壇上のエリーの方も目を遣り、扇子を向けてニコッと笑いました。


「あなたたちに決めるわ。来なさい。

 あなたたちは、今日からビリオ男爵家の執事と侍女の見習いよ」


◇◇◇


 共に孤児院で育ったライクとアメリア、そしてエリーは、仲良し三人組でした。

 三人とも修道女の厳しい躾に耐え、学業も優秀でした。

 ところが、問題がありました。

 一人は男の子で、あと二人は女の子ーー。

 アメリアとエリーは女の子同士で仲良しでしたが、一人の男の子ライクを取り合うことになってしまったのです。

 結果、ライクはアメリアと恋仲になるのを選びました。


 振られたエリーは、二人が付き合うのを祝福してくれました。


 それから一週間ほどして、エリーは孤児院からいなくなりました。

 老貴婦人が引き取りたいと言ってきたのです。

 さる資産家に縁故があって、エリーはもらわれていったのでした。


 ライクとアメリアは、これからのことを考えると気まずくなりそうだったので、エリーがいなくなって、正直、ホッとしました。


 それから三年ーー。


 十五歳になって成人し、二人は孤児院を出て、住み込みの働き口を得ました。

 しかし、待遇の改善を求めて、ビリオ男爵家の従業員募集に揃って応募したら、旧知の女性エリーに再びまみえたのでした。


◇◇◇


 壇上に立つお嬢様を見上げて、ライクは目を輝かせました。


「あのとき、エリーを引き取った親類ってのが、男爵家の当主様だったんだ。すげえな」


 この国では血統が重視されるものの、男性でも女性でも同じく爵位が相続できました。

 実際に、ビリオ男爵家の現当主は、老貴婦人のカミラです。

 そして、その後継ぎとして、今、キラキラと輝くパーティードレスを身にまとって壇上に立つのが、エリー男爵令嬢でした。


 結局、エリーの抜擢によって、孤児院で育ったライクとアメリアは、共にビリオ男爵家の従業員となったのでした。


◆2


 ライクとアメリアの二人が、ビリオ男爵家の従業員となって一週間ーー。


「この家に来て、良かったよなぁ」


 と執事見習いのライクは喜んでいました。

 孤児院や、就職先での食事より、ずっと豪華な食べ物がいただけます。

 もっとも、男爵令嬢であるエリーの方が、従業員の彼らより、はるかに贅沢な暮らしをしています。

 連日連夜、友達の貴族令嬢が主催するパーティーに出席して、屋敷にいませんでした。


 一週間前、雇用されてすぐに、エリー男爵令嬢は、侍女見習いのアメリアに、男爵家当主のカミラを世話するように命じました。

「お館様」と称される老貴婦人カミラは八十歳を超える老齢で、車椅子に乗らないと移動もできません。

 普段は寝てばかりの暮らしで、下女が下の世話をしていますが、食事を運んで給仕したり、話し相手になる女性を欲していました。


「エリーは、お館様とお話ししないの?

 引き取って下さったんでしょ?」


「アメリア。私のことは『お嬢様』もしくは『エリー様』と呼ぶように」


 と言ってから、エリーはアメリアに扇子を向けます。


「私がする必要がないわ。

 せっかく、あなたを雇ったんだもの。

 あなたがやりなさい。

 それに、お館様も耄碌して、目も良く見えないし、アメリアを私と勘違いするんじゃないかしら?」



 こうして、アメリアが現当主カミラの部屋に遣わされることになったのです。


 老婦人カミラ男爵は、視力は覚束なくとも、さすがにエリーでない女性が給仕に来たことぐらいは気づいていました。


「エリーが最近、下々に向けて求人を出したというけど、あなたが採用されたのね」


 と話して、ドリアやスープを口に運ぶ間、カミラはアメリアに来歴を尋ねます。

 そして、食事を終えると、ベットに横たわり、カミラは溜息をつきました。


「そう。あなたも、エリーと同じく、あの孤児院で育ったのね。

 あの子、エリーは最近、私のところに来てくれないの。

 そういうところ、あの子のお母さんとそっくりね。

 あの人の母親は、私からずっと歳の離れた妹だったの。

 可愛い娘だったんだけど、平民の男と駆け落ちしちゃったのよ。

 それを、お父さんが本当に許さなくてね。

 すぐに勘当しちゃった。

 しばらく様子を見ましょう、相手の男はともかく、妹とは家族なんだから、と私は勘当には反対したんだけど、聞いてくれなかった。

 それから十年ほどして、長命だったお父さんが亡くなった。

 その後、私がこの屋敷と爵位を継いでから、妹を呼び寄せようとしたの。

 だけど、もうその頃には妹も病気で亡くなっていたわ。

 そのときに、妹に娘がいたと知ったの。

 だけど、どこに貰われているんだか、わからなくなってた。

 それから五年ほどして、今度は私の体調も優れなくなって。

 このままではビリオ男爵家が途絶えてしまう。

 なんとか姪を探そうと懸命になった。

 そうして、ようやく辿り着いたのよ。

 あなたたちが育った孤児院に。

 あの孤児院が妹の娘ーー私の姪っ子を引き取ったと突き止めたの。

 エリーに会った途端、すぐに姪だとわかったわ。

 顔や容姿が、妹そっくりでしたもの。

 あのときは、ほんとうに嬉しかったわ。

 即座に引き取って、この屋敷に招いたの。

 でもーー。

 あの子は私の妹に似て、私から離れて、すぐどこか行ってしまうのね……」


「お館様……」


「けれども、あなたが優しくしてくれるから、嬉しいわ」


 カミラはそっとアメリアの手を握りました。

 姪っ子の代わりとして、受け入れていくれたようでした。



 その一方で、エリーは連日連夜、パーティーで遊びまくっていました。

 朝帰りの時すらありました。


 そうした奔放な振る舞いに、ライクは感心する一方でした。


「エリーは凄いよな。大金持ちだ。さすがに貴族のご令嬢だ」


 実際、ライクはエリーお嬢様のお気に入りで、専属執事見習いになっていました。

 エリーが呼びつけるたびに、ライクは飛んでいきます。

 すでに何度か、夜のパーティーにお供したことすらありました。


 本来の彼女であるアメリアと、すっかり疎遠になってしまいました。



「最近、ライクとの仲はどう?」


 エリーお嬢様は、近況を知ってて、アメリアに嫌味なことを言います。


「あなたの話ばかりだわ」


 嘆息とともにアメリアが答えると、エリーは甲高い声で笑いました。


「ほほほほ。良い気味ね」


「祝福してくれたんじゃ……?」


 幼馴染に問いただすアメリアに対し、エリーお嬢様は扇子を広げて口許を隠します。


「オトコを取られて、祝福なんて、するわけないでしょ?

 悔しかった。

 恨んだわよ、アンタを。

 でも、良いわ。

 すぐにライクは私になびくから。

 孤児院じゃ世界が狭かったのよ。

 あなたも世界を広げたらいいわ」


 エリーはほくそ笑み、強引にアメリアの手を引っ張り、屋敷の裏口へと連れ出します。

 二台の馬車が停留し、車輪にもたれて、二人の大柄な男が煙草を吸っていました。

 彼らに手を振り向けて、エリーは言いました。


「紹介するわ。

 私の友達、ミランダ子爵令嬢の執事と、タパス男爵令嬢の下男よ。

 あなたにちょうどお似合いの身分だわ」


 そうしてアメリアに近づくと、エリーは耳元でささやいたのです。


「仲良くしてあげてね。主人同士も仲良しなんだから。

 いいこと? 私に恥を掻かさないで」


 呆然とするアメリアを、男二人がジロジロと品定めするかのように見詰めます。


「へえ。この娘が孤児院から拾った女の子かぁ。

 まさか、エリー様がほんとに慈善事業に興味があると思わなかったですよ」


「うん。なかなか可愛い女の子だ。

 明日の晩にも会ってくれないかな?

 面白いところ連れてってあげるからさぁ。

 まさか断らないよね?

 あんたのご主人、エリー様が恥を掻くことになるんだよ」


◆3


 翌日、アメリアは朝から上の空でした。

 お館様の部屋まで食事を運んでから廊下の掃除をして、花瓶の花を入れ替えて、皿洗いをしてーー。


 そして夕方になって、男たちとの約束に従い、街に出向きました。

 エリーに恥を掻かせたら、どのような嫌がらせがされるのか、わかったものではありません。

 現に今でも、先輩侍女たちは、見習いのアメリアに、わざと食べ残しの皿を出したり、雑巾掛けの最中にバケツをひっくり返したり、お館様の宝飾品を盗んだと濡れ衣を着せたりと、様々にいじめていました。

 それでも、アメリアは、これ以上、労働環境を酷くしたくはなかったし、彼氏のライクにまで、何かちょっかいを出す口実を与えたくはありませんでした。



 待ち合わせに指定された場所は、噴水がある公園でした。

 薄暗い時刻のせいで、ご婦人方の姿はなく、大勢の男性ばかりが集まっていました。

 様々な貴族家に仕える執事や侍従、下男たちが、情報交換したり、酒や煙草を嗜み、軽く賭博などをする集まりでした。


「おう、来た来た!」


「孤児の貰われっ子だ」


 はははと、男どもは陽気に笑います。


「さぁ、こっちこっち!」


 一人の男性が、不躾にアメリアの腕を掴んで引っ張ります。


「近づかないで! 馴れ馴れし過ぎるわ」


 アメリアは抵抗しますが、力ではかないません。


「うるさいなぁ。

 面白いことするだけなんだよ」


 反対側からも別の男が肩を組んできて、固まって裏町の小屋へと入って行きます。

 そしてドアを閉めて、鍵を閉められました。


「可愛い子猫ちゃん、おいで」


 部屋の中央には、大きなベッドが据えられていました。


「私には恋人がいるのよ!」


 アメリアは、近づいてきた男の股間を蹴り上げました。

 蹴られた男は顔を真っ赤にして、呻き声をあげました。


「ううっ……貰われっ子のくせに、生意気な口利きやがって!」


 他にも男たちが五、六人も部屋に入り込んでいて、いっせいにアメリアに襲いかかってきます。

 咄嗟にアメリアは身体を丸めて窓を破り、外へと逃げ出しました。

 部屋が一階だったのが幸いでした。

 もと来た道を一気に走って、アメリアは噴水の公園にまで辿り着きます。


 それから急いで、ビリオ男爵家の屋敷へ向かいました。


 お屋敷では、ちょうど玄関の柵が上がり、馬車が何台か出て行くところでした。

 エリーが主催したパーティーが、終わったところだったようです。


 アメリアが柵の近くへ走り込むと、ちょうどエリーがいました。


「助けて!」


 アメリアを襲おうとしていた男どもも、すぐ後ろから駆けつけてきています。

 エリーは、アメリアの服装の乱れを見て、「ははぁん」と意味ありげにうなずきました。


「自由時間中に、使用人が何をしていようと勝手だわ」


 そう言って、下男に命じ、エリーは入口の柵を閉めようとします。

 アメリアは柵の鉄棒を両手で握り締めて絶叫しました。


「入れてよ。エリー、どうしてそんなことをするの!?

 あんたって、いつもそう。

 困ってる人を助けようとしないの!?」


 エリーはチッと舌打ちし、柵越しに扇子を突き立て、アメリアの額を打ち据えました。

 

「いつも口の利き方に気をつけなさいって言ってるでしょ!」


 痛みで額に手を遣り、アメリアはのけぞりました、

 そこを後ろから来た男どもに抱え込まれ、腹を殴られ、アメリアは気絶しました。



 目が覚めたら、アメリアはベッドの上で裸にされていました。

 周囲を見回したら、夕刻に連れ込まれた小屋とは違い、お洒落な装飾を所々に施した、お屋敷の一室であることがわかりました。


 アメリアが半身を起こして、胸を片手で隠します。

 すると、目の前に、二人の女性が扇子を広げて立っていました。


 そのうちの一人、エリー男爵令嬢が楽しげに声を弾ませます。


「ここはミランダ子爵令嬢のお屋敷よ。私の隣にいる方がミランダ様よ」


「はじめまして」


 銀髪の令嬢が、わざとらしくスカートの裾をたくし上げてお辞儀をします。

 口の端を卑しく歪めながら。


 一方で、エリーはアメリアの背後、出入口の方面に扇子を向けました。


「そして、このお部屋は、そこの男たちのホームグラウンド。

 あなたにも〈貴族令嬢のお遊び〉に加えさせてあげるわ」


 アメリアが半身を捻って見たら、裸の男どもが何人も突っ立っていました。

 すでに興奮状態でした。


「やめて、やめて!」


 アメリアが両手で自らの裸を隠しながら泣きます。

 ですが、一際大きな怒鳴り声が、彼女の泣き声を(さえぎ)りました。

 アメリアに股間を蹴られた男の声でした。


「お願いがあるんだったら、それなりの態度があるだろ。

 頭を下げたらどうだ!」


 アメリアは、何人もの男にベッドから引き摺り下ろされ、頭を乱暴に掴まれ、床へと押さえつけられます。

 そして、強引に土下座させられました。


 そして、頭から酒をかけられます。


 アメリアは床でうずくまって、全身を震わせました。

 男どもはヘラヘラ笑い、豪華なドレスをまとった二人の令嬢に声をかけました。


「まさかお嬢様方も加わるんですか?」


 エリーは口許を扇子で隠します。


「冗談でしょう? 身分をわきまえなさい。

 私が相手にするのは、貴族の子息だけよ。

 だから、下男のあなたがた向けに、この女を連れてきたんじゃない。

 あなたたちが満足できるように」


 エリーが言い終わらないうちに、複数の男の手がアメリアの身体に伸びていきます。


「いやあ、来ないで!」


 仰向けにされながらも、必死に抵抗するアメリアの姿を見下ろしつつ、エリーは残酷な笑みを浮かべました。


「あら。なにも恥ずかしがることはないわ。

 私たち貴族にしてみれば、平民の情事なんて、ペットの交尾を見るようなものよ」


 裸になった男どもは、歓声をあげて、アメリアの身体にのしかかります。


 アメリアは身体中をバシバシぶたれ、お酒を瓶ごとラッパ飲みさせられ、フラフラになって、乱交パーティーに巻き込まれてしまいましたーー。



 気づいたら、朝になっていました。

 帰りの馬車の中で、対面に座るエリーは、裸のアメリアに向かって、ほくそ笑みます。


「私はいつもこうして遊んでるのよ。これが貴族のたしなみなの」


「私には耐えられないーー」


 馬車が男爵邸に到着すると、アメリアは即座に飛び出しました。

 そして、泣きながらライクの部屋に飛び込んだのです。

 ところが、恋人のライクはアメリアの身なりを見て、冷たい目になりました。


「アメリア。君はエリーの言う通り、俺以外の男と寝る淫乱女だったのか!?」


「違う。私は無理矢理ーー」


「酒臭い。酔ってるじゃないか。はしたない」


 抱きつこうとするアメリアを、ライクは突き飛ばします。


 アメリアは裸のまま、部屋の外の廊下で、うずくまって泣きました。

 同僚であるはずの侍女たちも面白がってヒソヒソと噂話に興じるばかりでした。


◆4


 その日の午後ーー。


 アメリアはようやく気を取り直して、お館様のお世話に出向きました。

 食事のトレーをベッド脇に載せて、花瓶の水を替え、丸椅子に座ります。

 すると、カミラがアメリアにそっと手を載せ、声をかけました。


「何かあったのね」


「……」


「いいのよ。そんなときは無理に口にしなくて。

 本当に辛い事は、心に収めておいたほうが良いものよ。

 口に出したところで、余計にこだわってしまうこともあるわ」


 アメリアは心が安らいだ気がしました。

 普段、嫌がらせをする先輩侍女たちも、この部屋には億劫がってやって来ません。

 ですから、アメリアは積極的にお館様のところへと通いました。

 お館様のお世話をしていたら、心が癒されるのです。

 お館様も、アメリアを重宝してくれました。



 ところが、一カ月ほどして、お館様ーーカミラ男爵の容体が急変したのです。


 かかりつけの医師が言いました。


「お館様の命は、あと数日。

 寂しがって不安定になっておられるので、傍らにあって励ましてもらいたい」


 アメリアは、お館様が危篤状態になったことを、姪のエリーに伝えました。

 しかし、彼女は首を横に振るだけでした。


「私は忙しいし、そんな死に損ないのおばあさんの相手はしてられない」



 最期の日に、お館様は涙を流し、アメリアの手を握りながら言いました。


「ごめんね、アメリア。私には何も出来なくて。

 でも、愛してるわ。

 あなたの方が、本当の私の姪みたい。

 あなたに会えたから、あの子を引き取っても悪くなかったと思えるようになったわ。

 本当にあの子が、私の妹の子とは思えない……。

 きっと、なにか手違いがあったのだわ。

 ーーでも、あなたの優しさで、私はこれで安らかに死ねる。ありがとう」


「そんな……お館様、お気を確かに」


「大丈夫よ。

 死んだ後も、この姿をできるだけ維持できるよう、棺桶の中に保存効果の高い薬品を染み込ませてあるのよ。

 なんでも、代謝を遅延させるらしいの。

 死んだあとにも、ゆっくり休めるように……ゴホゴホ!」


「お館様!」


 カミラは柔らかく微笑み、皺だらけの指を、涙に暮れるアメリアの頬に伸ばします。


「逆境に負けないで、アメリア。これからも力強く生きていくのよ」


 そして、父の代から付き合いがあるという老弁護士に言いました。


「葬式は挙げなくていいから、私を納めた棺を、そのまますぐ土葬にしてちょうだい」


 そして、お館様は息を引き取りました。


 アメリアは泣きながら、その最期を看取ったのです。


「葬式は挙げなくていい」と言われましたが、さすがに男爵家として体裁が悪い。

 ですから葬式は、ごく内輪だけを呼び、カミラが懇意だった教会で行なわれました。

 お館様ーーカミラ男爵の同年代は、身体を悪くした人が多く、葬式といってもあまり人が集まりそうもなかったので、質素なお葬式で良いという判断でした。

 それでも使用人や、親戚たちの前で、エリーはわざとらしく大泣きしました。


「私を拾っていただき、感謝してます。

 ワタシ、これからも、この家を守るために努力します」


 エリーはカミラの遺体に接吻し、棺に納めました。

 芳しい香りが、棺の中に濃厚に漂っています。

 エリーは棺に突っ伏して、最後まで泣きじゃくっていたとの評判でした。



 それに対して、アメリアは葬式に参加させてもらえませんでした。

 エリーによって、アメリアは鍵を締められた部屋に閉じ込められていたのです。

 おかげで、アメリアは屋敷の使用人たちに陰口を叩かれました。


 のみならず、エリー専属の執事となったライクに罵倒されることになったのです。


「お館様には、あれほど良くしていただいたのに、冷たい娘だ!」と。


 エリー付きの侍女によって鍵を開けてもらい、アメリアが部屋の外に出ることができたのは、お葬式が終わったあとでした。



 そして、翌日ーー。


 エリーが血相変えて、アメリアの部屋にやって来ました。


「これを見なさい! あなた、何かしたの!?」


 エリーは一枚の紙切れを、アメリアに突き出します。


 その紙切れには、


「私の遺言書は、棺と一緒に入れてあります。

 欲しければ、私の棺まで取りに来なさい」


 と書いてありました。


 お館様が亡くなって、遺言書がしまわれたはずの金庫を開けると、遺言書ではなく、この紙切れ一枚だけがあったそうです。


 葬式は終わりましたが、埋葬はまだされていません。

 カミラの棺は、昨日から、教会に安置されたままです。

 ですが、明日の朝には、埋葬されてしまいます。


 アメリアは、再び部屋の中に閉じ込められました。

 侍女に命じて鍵を締めさせると、エリーは甲高い声を張り上げました。


「遺産は当然、私のものなんだからね!」



 その夜ーー。


 エリーはこっそりと遺言書を取りに、誰もいない教会に忍び込みました。

 そして、お館様が眠っている棺の蓋を開け、中に潜り込んだのです。

 人が二人ほど入れるような、大きな棺でした。


 カミラの遺体は眠っているかのような、穏やかな顔をしていました。


「ったく、なにを安らかな顔して寝てんのよ。

 私をこんなに苦しめて、嬉しいわけ?

 本当に愛情がないったらないわ」


 エリーは棺の中で、(かぐわ)しい香りを嗅ぎながらも、悪態をつきます。

 棺の中に入って、遺体に馬乗りになりました。


「どきなさいよ!」


 遺体を横にずらすと、下に白い封筒がありました。


「あったわ! 遺言書ーー!」


 封筒を拾うために、エリーは身を乗り出し、遺体の下に手を伸ばします。

 すると、バタンという音とともに、視界が完全に遮られました。

 封筒の位置をズラすと、棺の蓋が自動的に閉まる仕掛けがしてあったのです。


「ちょっと、なにこれ!? 冗談じゃないわ!」


 棺の蓋は重くて、ピッタリ装着され、内側からはまるで動きません。


「開けて。誰か開けてよーー!」


 エリーがいくら声を張り上げても、防音された棺なので、声が外に漏れることはありませんでした。



 翌朝、お抱え弁護士の立ち会いのもと、教会で出棺と埋葬が行われました。

 喪主のエリーがいないことで騒がれましたが、すぐにどこかに出かけて居なくなってしまうのは彼女の常だったので、使用人たちは何とも思いませんでした。

 実際、「埋葬は、喪主がいなくてもやってちょうだい」とカミラが弁護士に遺言を残していたそうです。

 予定通りに、お館様ーーカミラ・ビリオ男爵の埋葬が終わりました。



 埋葬を終えると、そのまま弁護士がビリオ男爵邸にやって来ました。


 アメリアはこのとき、唯一の味方ともいえるお館様が亡くなってしまい、今後の身の振り方を案じて、途方に暮れていました。

 そこへ、弁護士から、亡きカミラ男爵の個室に、ひとりで来るように呼ばれました。

 介護のために入り慣れたドアを開けると、老弁護士がお辞儀をして待っていました。


「お館様より、あなた全財産と屋敷をお渡しする、と言われております」


「ビリオ男爵家の血筋を伝えていたのは、エリーではなく、アメリアだった」と遺言書には明記されているというのです。


 その情報が事実かどうかは、わかりません。

 ですが、その遺言書によって、突如として、アメリアに、ビリオ男爵家の資産の相続権が発生したのでした。



 お館様の遺言書と、弁護士による発言によって、ビリオ男爵邸に激震が走りました。


 今まで散々偉そうな態度をしていた先輩侍女や使用人たちが、アメリアを目にすると、慌てて居住まいを正したり、視線を逸したりします。

 中には猫撫で声を出して、露骨に媚を売る者も現われました。


 ですが、自分にひどいことをした人たちに、アメリアは容赦しませんでした。

 エリーの言いなりになって、わざとアメリアに意地悪して部屋に閉じ込めるのを協力したり、お館様のことを陰で笑っていた人たちを、すべてクビにしました。



 そして、アメリアは、外に対しても強く出ました。

 ビリオ男爵家を相続した当主として、貴族社会に挨拶に出向いた折も、他の貴族子女たちからからかわれる機先を制し、自らの口で積極的に暴露したのです。


「私は孤児院から拾われた娘ですから、あなたたちのような、生まれながらの貴族ではありません。

 ですから、このようなはしたない遊びはやれないのです」


 と、かつてエリーがやっていた暴行まがいの「遊び」と、エリーの友人、ミランダ子爵令嬢らがやってきた乱交パーティーについて暴露したのです。


 もちろん知っている令嬢もいましたが、初耳だった者もいて、特に高位貴族の子息たちは、大いに眉をひそめました。


「なんて令嬢だ。みっともない」


「そんな家と縁付かされては、たまったもんじゃないな」


 みなから白い目で見られて、ミランダ子爵令嬢は青褪めました。

 彼女と婚約していたボーマン伯爵子息が、前に進み出て言いました。


「貴女との婚約を解消させていただく。

 私の両親と、貴女のご両親には、僕の方から説明するから。

 下男をも交えて乱交するような女じゃ、子供が産まれても、自分の子供かどうか、わからないじゃないか!」


 そう言って、軽蔑の目を向けました。

 ミランダ子爵令嬢ら、エリーと懇意だった令嬢たちから、みなが離れていきました。



 結果、ミランダ子爵令嬢やタパス男爵令嬢らは、部屋に引き篭もってしまいました。

 乱交パーティーを行なったとされる執事や下男といった使用人もことごとく解雇され、路頭に迷うことになりました。



 もっとも、醜聞を自ら暴露したからといって、アメリアは暴行被害者であり、しかも孤児院出身の女性男爵です。

 真っ当に相手してくれる高位貴族がいるはずもありません。

 ですが、距離を取られつつも、アメリアがいじめられることはありませんでした。


(いずれみなさんも慣れてくださるはず。

 私のお相手は、ゆっくりと見つければ良いわ……)


 さすがは貴族子女。

 それなりに礼節をわきまえていたようで、アメリアはホッとしました。



 ある日の夕方ーー。


 トントンとドアがノックされ、元カレ、ライクが部屋に入ってきました。


「お願いだから、この屋敷に置いておいてくれ」


「……」


 アメリアは何も答えません。

 彼女が正式にビリオ男爵家を継いだときに、ライクには解雇を言い渡していました。

 現在は、新たな雇用口が見つかるまでの猶予として、屋敷に滞在するのを許していただけです。

 エリー男爵令嬢の浅ましい所業が明るみにされ、彼女の専任執事は何をしていたのかと非難され、評判が至って悪くなり、彼の再雇用口が見つかりそうもありませんでした。

 ライクは必死になって、元恋人に縋って、言い訳を並べます。


「仕方がないだろう?

 エリーが俺に悪く、キミのことを言い含めただけなんだ。

 な、以前のように、仲良くしようよ。

 俺がキミを選んだことが正しかったことが証明されたんだ」


「汚らわしい手で触らないで!」


 馴れ馴れしく伸びてきたライクの手を、アメリアはバシッと払いました。


「付き合っている女性が窮地に陥ったときに助けもせず、さらに追い込むような男など、付き合う価値もありません。

 たしかに、エリーは不愉快な人だったけど、二つ良いことをしてくれたわ。

 一つは、お館様を紹介してくれたこと。

 そして、もう一つは、あなたの本性は明らかにしてくれたことよ」


 パンパンと手を叩いて、アメリアは新任執事を呼びました。


「この男を摘み出してちょうだい。

 二度と私の目の前に来ることがないように」


「はい」


 屈強な男がニ人がかりで、元彼を外へと連れ出していきます。

 諦め切れず、元カレは喚き散らします。


「ごめんって言ってるだろ!

 なんだよ。やっぱり、おまえは冷たい女だ。

 おまえだけ貴族に成り上がって、旨いもの食って、良い思いするなんて、ズルいぞ。

 俺にも寄越せ、卑怯者!」


 涙を流しながら、手足をバタバタさせて、ライクがみっともなく騒ぎます。

 アメリアはこれ以上、元カレの醜態を見たくなくて、自らパタンと扉を閉めました。


◇◇◇


 三日後、ライクが街中を住所不定でうろついていたところ、官憲に捕えられました。

 結果、盗みを働いたということで、街を追放され、農奴階級に落とされました。

 これからは一生涯、郊外で田畠を耕す労働に従事させられる予定だといいます。


 それからさらに二日後、お館様ーーカミラ女性男爵の墓が荒らされました。

 墓泥棒が財宝目当てに、お館様の棺を掘り出したのです。

 棺桶の蓋を開けてみると、芳しい香りが立ち昇り、中には老婦人の遺体のみならず、生きたまま埋められたエリーが白髪になって、骸骨のような身体を横たえていました。

 泥棒たちは驚いたけれども、薄気味悪いので、そのまま金目のモノだけ取って、遺体もエリーも打ち捨てておきました。

 その際、エリーはかすかに意識を取り戻し、墓泥棒に向かって、小さな声で「お願い。助けて」と言いました。

 けれども、夜の風に掻き消されて、その声は届けられませんでした。

 最後まで読んでくださって、ありがとうございます。

 気に入っていただけましたなら、ブクマや、いいね!、☆☆☆☆☆の評価をお願いいたします。

 今後の創作活動の励みになります。


●以下の短編作品も投稿しています。楽しんでいただけたら幸いです。


『私、ローズは、毒親の実母に虐げられた挙句、借金を背負わされ、奴隷市場で競りにかけられてしまいました!長年仕えてきたのに、あまりに酷い仕打ち。私はどうなってしまうの!?』

https://ncode.syosetu.com/n0121jw/


『生まれつき口が利けず、下女にされたお姫様、じつは世界を浄化するために龍神様が遣わしたハープの名手でした!ーーなのに、演奏の成果を妹に横取りされ、実母の女王に指を切断されました。許せない!天罰を!』

https://ncode.syosetu.com/n3509jv/


●なお、以下の作品を、ざまぁ系のホラー作品として連載投稿しておりますので、こちらもどうぞよろしくお願いいたします!


【連載版】

『滅国の悪役令嬢チチェローネーー突然、王太子から婚約破棄を宣言され、断罪イベントを喰らいましたけど、納得できません。こうなったら大悪魔を召喚して、すべてをひっくり返し、国ごと滅ぼしてやります!』

https://ncode.syosetu.com/n8638js/


●また、すでに、幾つかのホラー短編作品(主にざまぁ系)を投稿しております。


『伯爵令嬢シルビアは、英雄の兄と毒親に復讐します!ーー戦傷者の兄の介護要員とされた私は、若い騎士から求婚されると、家族によって奴隷にまで堕されました! 許せません。名誉も財産もすべて奪ってやる!』

https://ncode.syosetu.com/n7992jq/


『公爵令嬢フラワーは弟嫁を許さないーー弟嫁の陰謀によって、私は虐待を受け、濡れ衣を着せられて王子様との結婚を乗っ取られ、ついには弟嫁の実家の養女にまで身分堕ち! 酷すぎます。家族諸共、許せません!』

https://ncode.syosetu.com/n4926jp/


『死んだと思った? 残念ですね。私、公爵令嬢ミリアは、婚約者だった王太子と裏切り者の侍女の結婚式に参列いたします。ーー私を馬車から突き落とし、宝石欲しさに指ごと奪い、森に置き去りにした者どもに復讐を!』

https://ncode.syosetu.com/n7773jo/


『元伯爵夫人タリアの激烈なる復讐ーー優しい領主様に請われて結婚したのに、義母の陰謀によって暴漢に襲われ、娼館にまで売られてしまうだなんて、あんまりです! お義母様もろとも、伯爵家など滅び去るが良いわ!』

https://ncode.syosetu.com/n6820jo/


『美しい姉妹と〈三つ眼の聖女〉ーー妹に王子を取られ、私は簀巻きにされて穴に捨てられました。いくら、病気になったからって酷くありません? 聖なる力を思い知れ!』

https://ncode.syosetu.com/n2323jn/


『イケメン王子の許嫁(候補)が、ことごとく悪役令嬢と噂されるようになってしまう件』

https://ncode.syosetu.com/n1348ji/


『噂の《勇者を生み出した魔道具店》が潰れそうなんだってよ。そしたら勇者がやって来て……』

https://ncode.syosetu.com/n1407ji/


 などを投稿しております。


 こちらも、楽しんでいただけたら嬉しいです!

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