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ミドリ(7)

「たしか、笠井みどりさんの身長は一五六センチでしたね。それだと、ちょうど腰に腕を回しやすいかと思います」


 わたしはそういいながら膝を少し曲げて身長が低かった場合をやってみせる。


「じゃあ、犯人は笠井みどりだというのか?」

「わかりません。ただ、身長がそのぐらいの人間が犯人ではないかと思っているだけです」

「もし、もしもだぞ、犯人が笠井みどりだとしたら、なぜ死ぬ必要があった?」

「恋人を殺してしまい、自責の念にとらわれて死を選んだ……とは、思いません」

「と、いうと?」

「彼女は、誰かにそそのかされてミドリを刺したのではないでしょうか」

「どうして?」

「なんか、質問ばかりですね」


 少しは自分でも考えてみろ。わたしは心の中で富永につぶやいた。


 なぜ、笠井みどりがミドリのことを刺さなければならなかったのか。その答えはここにはないとわたしは思っていた。あるとすれば、別の場所だ。その別の場所はどこなのか。それを見つけ出すのが自分たちの仕事だと自負しているつもりだ。


「例えば、笠井みどりには別にオトコがいたっていうのはどうだ」

「それがミドリを刺す理由になりますか?」

「まあ、焦らず聞けよ。笠井は別のオトコと付き合いたいと考えて、松本に別れを切り出した。しかし、松本はそれを拒否した。何度か話し合いをしているうちに、笠井は松本に殺意を抱くようになる。そして、笠井は松本を刺した」


 富永の顔を見ると、ドヤ顔だった。

 しかし、わたしには、富永の仮説が納得できなかった。


「え、だめ?」


 不安そうに富永は尋ねる。

 そうじゃない。笠井みどりがミドリを刺さなければならない理由は他にあったはずだ。考えろ、考えろ。どうして、自分の恋人を刺さなきゃいけないのか。ふたりの仲はどうだったのか。ラブラブだったのか。それとも、冷え切った仲だったのか。

 わたしは、富永に抱きついたまま、色々な考察を繰り返していた。


 店の入口に人影が現れたのは、その時だった。


「おい、富永……あ」


 現れたのは、同僚の刑事である二川だった。

 この時ばかりは、能面と揶揄される二川の無表情フェイスも驚きの顔に変わっていた。


「あ……」


 そこで自分たちが今どんな状態でいるのかということに気づき、わたしは慌てて富永から離れた。


「失礼」


 すっと、いつもの無表情に戻った二川は、何か勘違いをしたようでわたしたちから目をそらす。


「あの、違うんです。誤解しないでください、二川さん」

「そうです。これは現場検証でして」


 わたしと富永は慌てて否定をする。

 しかし、否定をすればするほど、傷口に塩を塗るような真似となっていた。


「ふーん、なるほどね」


 わたしは自分の仮説を二川に説明して、その仮説を実際にやって見せたが、先ほどの状況を見てしまった二川は、二人の関係をまだ疑っているといった目でわたしの話しを聞いていた。


「それで、二川さんがこちらにいらっしゃったのは?」

「ああ。埼玉県警から笠井みどりの報告書が来たから、教えてあげようと思って」

「それなら電話でも……」

「したよ、電話。でも、ふたりは捜査に夢中だったようで出なかった」


 含みのある言い方だった。

 スマートフォンを確認してみると、たしかに二川からの着信が数回あったことが記されていた。


「それで、埼玉県警は何と言ってきたのですか」

「自殺の可能性が高いだってさ。ドアの鍵はロックされていて、その鍵は車内にいた笠井みどりのポケットに入っていた。他殺だと考えるのは難しいというのが、埼玉県警の考えだそうだ。これから埼玉県警は笠井みどりの自宅に家宅捜索に入るとのことだ」

「自殺……ですか」

「埼玉県警が笠井みどりの周辺を洗っているみたいだから、うちは松本ミドリの周辺を洗う方向でと、織田さんは考えているみたいだ」

「わかりました」

「じゃあ、俺は堀部さんと合流して、松本ミドリの交友関係をあたるから、お二人は職場関係でも当たってくれ」


 再び二川は含みのある言い方をして、店を出ていってしまった。


「もし、笠井みどりが松本ミドリ殺しの犯人であった場合、笠井みどりは被疑者死亡で不起訴処分になってしまうんですよね」

「まあ、そうなるな」


 刑事訴訟法の第三三九条には、被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなった時には公訴を棄却しなければならないというものがある。そのため、被疑者が死亡した場合は不起訴処分となってしまうのだ。


「そうですよね……」


 やっぱり納得できないな。わたしはそう思いながら、この気持ち悪さがどこから来るのかを考えていた。

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