闇バイト(11)
一歩遅かった。
すでに島村拓哉は別人名義のパスポートでフィリピンに向けて出国していた。
二宮はすぐに国際手配の準備を取るように捜査本部長である、捜査一課長に訴えた。
島村が出国してしまっていては、日本にいる我々にできることはなくなってしまった。
ただ、島村の所属している島津会に対してのガサ入れは行われ、多くの押収品が運び出された。組織犯罪対策部としては、島津会に対して少しでも圧力をかけることが出来たので、満足の行く結果となったようだった。
「あーあ、逃げられちゃいましたね」
「まあ、仕方がないだろう。でも、島村が別人名義で出国していたということがわかっただけでも大収穫だと思うよ」
「そうですかね……」
「ああ、そうだよ」
そんな会話をしながら、わたしと富永はラーメン屋の列に並んでいた。
そこは醤油とんこつラーメンの店であり、分厚いチャーシューが売りでもあった。わたしはとんこつや背脂が苦手だという話を富永にしていたが、ここのラーメンは大丈夫だということで、だったら試しに行ってみようという話になって、この行列に並ぶこととなったのだ。どうやら、高田馬場以来、富永の口の中はずっとラーメンになっていたようだ。
「なあ、高橋。何か思っていることがあるんだろ」
富永がわたしのグラスに瓶ビールを注ぎながら言う。
結局はすべてお見通しって訳か。長年連れ添った相棒というやつは、これだから恐ろしい。わたしはそう思いながら、口を開いた。
「週刊ダイナマイトの記者のノートに松本ミドリの名前があったんです」
「え?」
わたしの言葉が予想外だったのか、富永は次の言葉をなかなか発することが出来ずにいた。
「どういうことだ。松本ミドリの件は、笠井みどりが書類送検されて終わったし、高橋が疑惑の目を向けていたアオイだって……」
「わたしもすべて、それで終わりでいいと思っていました。でも、見てしまったものは仕方ないんです」
「あの白石って記者が、松本ミドリが笠井みどりに殺された件を書いていただけじゃないのか」
「そう思いたいです……。でも、白石さんは何か裏があるんじゃないかって思って調べていたんだと思うんですよ」
そのわたしの言葉に富永は少し黙った後、小さくため息をついてからコップの中のビールを一気に飲み干した。
「わかったよ、付き合ってやる。ただし、白石って記者から話を聞いて何もなければ、それで終わりにしろ」
「はい」
わたしは富永の言葉に頷くと、同じようにコップの中のビールを一気に飲み干した。
翌日、捜査本部が縮小されたために非番となったわたしと富永は神保町にいた。昨日のうちに白石記者には電話でアポを取っており、前回と同じ喫茶店で会うことにしたのだ。
「島村の件は残念でしたね」
白石は席に着くとそう言って、ホットコーヒーを店員に注文した。
「それで本日は、どのようなご用件でしたっけ」
「あの、白石さんは松本ミドリをご存知でしょうか」
「松本……ああ、例の居酒屋での殺人事件の被害者ですね」
やっぱり白石は松本ミドリについて何かの調査をしていた。
「あの事件について、どうお考えですか?」
「事件は被疑者死亡で終わっていますよね。確か、笠井みどりさんでしたっけ。車の中で自殺しているのが発見されたとかで」
「ええ。そうです」
「あの事件、私は闇がもっと深いんじゃないかって思っています。あ、警察である高橋さんたちにこんなことを言ってしまうのは何ですけれど……」
「いえ。本日は警察官としてではなく、そのお話を聞きたいと思って来ています」
「どういうことですか?」
白石は訝しげな顔をしてみせたが、それ以上に白石の目には好奇心という炎が宿っていた。