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闇バイト(10)

 捜査会議では、悟空こと島村拓哉に対して緊急指名手配を行うことと、島村の所属している指定暴力団組織島津会に対して警視庁組織犯罪対策部が家宅捜索を行うことが発表された。

 そんな中で佐智子と富永、そして二宮はチームを組んで、島村拓哉の情報を集めることとなった。

「早速ですけれど、そのダイナマイトの記者に会いに行ってみませんか?」

 捜査車両に乗り込んですぐに二宮がそんな提案をしてきた。

 ハンドルを握るのはいつものようにわたしであり、助手席に富永が座り、後部座席に二宮が座っている。

「どちらへ向かえばいいんでしょうか?」

「神保町へ向かってください。私の方で記者さんには連絡を入れておきます」

「わかりました」

 わたしは交差点を左折すると神田方面へと車を走らせた。

 後部座席で二宮がスマートフォンを使って何やら連絡をはじめる。

「島村は、悟空って名前で闇バイトを募って、あちこちを襲わせていたってことだよな」

「そうなりますね」

 二宮が電話をしている間、わたしと富永は話の整理を行っていた。

「しかも、指示役として姿を現さなかったというわけじゃなくて、運転手として実行犯たちの中に紛れ込んで監視をしていた」

「そうですね。されには、闇バイトの前はオレオレ詐欺の集団の指示役をしていて、佐藤千佳とも面識がありました」

「とんでもない悪人だな」

「前科三犯で、中学生の時に強盗傷害事件を起こして少年院に入ってから、同じような事件を起こして刑務所を出入りしていますね。十代後半から二十代の間はほとんど刑務所の中にいたんじゃないでしょうか」

「出所後に島津会に拾われて、頭角を現していったってわけか」

 腕を組んで唸るように富永は言う。

 車は市ヶ谷のあたりを走っていた。もう少し行けば神保町に着く。

「話が着きました。神保町にある喫茶店で会うそうです」

「じゃあ、どこかコインパーキングを見つけて止めますね」

 わたしの言葉に二宮は頷くと、カバンの中から週刊誌を取り出した。

「これから会う記者ですが、この記事を書いた人間です」

 二宮が差し出した週刊誌を富永が受け取る。

 しばらく、その記事を眺めていたようだが富永はすぐに週刊誌を閉じて二宮に返した。

 どうかしたのだろうか。そう思っていると、富永が呟くように言う。

「俺、車で本とか読むと、酔うんですよ」

 意外と繊細な男。わたしは富永の発言を聞きながら、微笑んでいた。

「笑うなよ、高橋。俺だって好きで車酔いをするわけじゃないんだよ」

「ええ、そうですね」

 やっぱり耐えられなかった。わたしは思わず吹き出してしまい、富永はムッとしていた。

 二宮はそんなことは無いらしく、週刊誌をパラパラとめくるとその記事を読み上げ始めた。

 その記事はオレオレ詐欺からSNS型の闇バイトへと時代とともに変化していく犯罪についての特集であった。二宮が読み上げた部分だけを聞く限りでは、色々ときちんと調べていると思えた。

 車は神保町に入り、二宮の指示で出版社などがあるエリアへと向かい、コインパーキングに車を入れた。

 待ち合わせの喫茶店は個人経営の店であり、店の周りにツタが絡みついているような雰囲気のある建物だった。

 平日の午前中ということもあってか、店内に客の姿はほとんどなかった。

「あ、いたいた」

 二宮がそう言って奥のテーブル席へと進んでいく。

 そこにいたのは、三十代半ばくらいの女性だった。

「週刊ダイヤモンドの白石と申します」

 彼女は名刺を出しながら、名乗った。二宮の知り合いの記者というのが女性だったとは予想外なことだった。てっきり無精髭で小太りな感じの中年男性が現れるとわたしは思っていたのだ。

 それは富永も同じだったらしく、思わずわたしと顔を見合わせていた。

「えーと、悟空について知りたいという話でしたよね」

 白石はそう言うとカバンの中から一冊のノートを取り出してテーブルの上に置いた。

 今どきノートにまとめているなんて珍しいなと思いながらわたしが彼女のノートを見つめていると、それに気づいたらしく白石が口を開く。

「パソコンに打ち込むよりもノートに書いていった方が、情報が頭の中でまとまるんですよ」

 その白石の言葉には納得がいった。確かにわたしも報告書をパソコンで書く前に自分の手帳に色々な情報を書いておいてそれを整理しながらパソコンに打ち込んでいる。

「最初に確認したいのですが、悟空と呼ばれているのは島村拓哉で間違い無いですか」

 富永がそう言って島村拓哉の写真を白石に渡した。

 その写真は組織犯罪対策部が持っていたものだった。どこか遠くの方から望遠レンズのカメラで撮影したものであり、多少ぼやけているものの、島村の顔立ちはよく分かるものだった。

「ええ、間違いありません。この男は特殊詐欺事件をいくつも仕切っていて、その筋では有名だったのですが、突然姿を消してしまいました」

「それは特殊詐欺から闇バイトの方へ切り替えたということですか」

 わたしは疑問を口にした。富永はずっと聞き役に徹しているのか、口を挟んでは来なかった。

「まあ、そうなりますね。ただ闇バイトの指示役としては、島村は姿を現しておらず、代わりに悟空と呼ばれる人物が出てきたという話でした。ただ、悟空の名前は特殊詐欺の頃にも使っていて、そこから島村が悟空なのでは無いかという話が出ていました」

「島村は、実行犯を立体駐車場から突き落として殺害しています。過去にもそのようなことはありましたか?」

「いえ。島村は表には出てこない人物だったので、まさか実行犯と接触しているとは思いませんでしたね」

「なるほどねえ」

 二宮はそう呟くように言うと、コーヒーを啜った。

「島村はどこに潜んでいると思いますか」

「それなんですけれど、私の個人的な意見ですけれど、島村はもう日本から出ているんじゃないでしょうか」

「え?」

 この時ばかりは、わたしたち三人の息があったかのように同時に驚きの声を発していた。

「島村は特殊詐欺の後に何度かフィリピンに出国しています。だから、今回も……」

「しかし、島村拓哉の出国情報はありませんでしたよ」

「いえ、あの男は別人名義のパスポートを持っています」

「え?」

 白石は持っていたノートのページを開いて、わたしたちに見せた。

 そこには、島村拓哉の顔写真でありながら別人名義のパスポートとなっているパスポートの写真が貼り付けられていた。

「これは、どこで?」

「そういう質問には答えられません」

 白石はきっぱりと言うと、ページを閉じようとした。

「あ、ちょっと待って」

 わたしは慌てて白石を止めると、そのページに貼られていた写真の名前をすべて手帳に書き取る。

 そして、わたしが書き終えたのを見届けた白石はノートを閉じた。

 その時、ちらりと見えたものがあった。それは、松本ミドリという名前だった。確かに白石のノートには赤ペンで松本ミドリの名前が書かれていたのだ。

「この名前の人物が出国していないか、すぐに調べましょう」

 二宮はそう言うと、白石に礼を言って喫茶店を出ようとした。

 なぜミドリについて白石が調べていたのか。わたしはそれを聞きたかったが、いまはそんなことをしている場合ではなかった。すぐにでも島村拓哉の行方を追わなければならないのだ。

 わたしは後ろ髪を引かれる思いを断ち切って、二宮の後を追った。

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