闇バイト(8)
その日もわたしは朝から栃木にいた。面会は、これで三回目となる。
面会室で会う『えびさわたいこ』こと、佐藤千佳は半ば呆れ顔をしながら、わたしに言った。
「あんたも懲りないわね。また来たの」
「これも仕事だから」
「仕事ねえ、あんたたち税金で働いているんだから、もっとちゃんと仕事しなさいよ」
挑発するかのように佐藤千佳は言う。
しかし、わたしはその挑発には乗ること無く、じっと彼女の顔を見つめた。
「ねえ、そろそろ終わりにしない」
わたしの言葉に、佐藤千佳は何を言い出すんだといった顔をする。
「わたしも暇じゃないのよ。別の事件の捜査もしないといけないし」
「だったら、来なければいいじゃない。私はあなたに話さないから」
「人が死んでいるの。しかも、実行役が」
「そんなこと知らないわよ」
「じゃあ、いいわ」
わたしはそう言って席を立ち上がろうとする。
すると、佐藤千佳はちょっと焦ったような声を上げた。
「いいってどういうことよ。指示役のことを知りたいんじゃなかったの」
「今回の件が解決できなければ、わたしは違う事件の担当になるから。さっきも言ったように、わたしは暇じゃないの」
そうわたしは告げると、わざとらしく先ほどまで開いていた手帳をパタンと音を立てて閉じた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私はどうなるわけ?」
「何が?」
「あんたが私の減刑を……弟に会わせるって言ったじゃない!」
つばを飛ばしながら、興奮した口調で佐藤千佳は言うと、慌てて立ち上がろうとする。
「座りなさいっ」
背後に立っていた刑務官が走ってくると、佐藤千佳の肩を押さえて無理やり椅子に座らせた。
「だって、あなたは協力してくれないから。わたしは忙しいの」
わざとらしい口調でわたしはそう言うと、手帳を持って立ち上がった。
「待って。言うわ。言うわよ。私の知っていること。ゴクウ、ゴクウよ」
「なにそれ?」
「何それって、あんたが知りたい情報に決まっているでしょ。私の知っている男の名前よ。悟空っていうの」
「馬鹿にしているの?」
「違うわよ。本当に。あの男は自分で悟空って、名乗っていたの。本名なんて知らないわ」
「それは、この男かしら」
わたしはそう言って手帳に挟んでいた一枚の写真を見せた。それは立体駐車場の防犯カメラが捉えた新浜ケントを突き落とした男――島村拓哉の顔写真だった。
「…………」
佐藤千佳はじっとその写真を見つめた後、無言でわたしに頷いてみせた。
悟空。それは佐藤千佳が一時所属していた詐欺グループのリーダーの名前だった。しかし、佐藤千佳はそれ以上の情報を持ってはいなかった。会ったのは一度だけ。その詐欺グループのボスは自ら『悟空』と名乗ったそうだ。それが漫画のキャラクターなのか、それとも西遊記なのかはわからないが、そう名乗っていたことだけは確かだと佐藤千佳は証言した。この証言がなにの役に立つかはわからなかった。場合によっては、とんでもない大物を釣り上げることになるかもしれないとわたしは思っていた。
島村拓哉と悟空、このふたつが繋がった。おそらく島村拓哉は悟空としてトクリュウ(匿名・流動)型犯罪を繰り返して荒稼ぎをしているに違いない。そして、邪魔になった新浜ケントを殺害した。もしかしたら、新浜ケント以外にも島村拓哉に殺害された実行役がいるかもしれない。
わたしは、この情報をいち早く伝えようと、東京への帰路を急いだ。