闇バイト(5)
墨東警察署の取調室にいたのは、大学生くらいの若い男の子というイメージがぴったりな男だった。泣き腫らした目と赤くなった鼻を見ると、ようやく自分のやったことの重大さに気づき、反省をしているといったところだろうか。しかし、取調室で反省をしたところで罪を犯したという事実は消えることはない。これから検察に送られ、裁判を受けて、刑務所に入るという現実が待っているのだ。
「東野によれば、新浜のことは何も知らないということです。犯行当日に、呼び出された場所で停まっていたワンボックスカーの中に新浜が乗っていて、そこで初めて顔を合わせたと供述しています」
そう説明してくれたのは墨東署刑事課の男性刑事だった。
「指示役については、どうですか?」
「やつらは秘匿性の高いアプリケーションを使っているみたいです。ほら、なんかロシアだかウクライナだかの軍も使っているっていうやつです。アプリは解析に回されていますが、通話記録や通信記録といった情報は何も残らないような作りみたいなので、そこから辿るのは難しいかと。ただ……」
「ただ?」
「指示役というわけではないのですが、運転手だった男だけは犯行役の三人のことを事前に知らされていたみたいなことを口にしています」
運転手。それは新浜を立体駐車場から突き落とした犯人でもあった。やはり、運転手を捕まえなければ話は進まないようだ。
「また何か新しい情報が出てきたら教えて下さい」
わたしと富永はそう墨東署の刑事に頼んで、墨東警察署を後にした。
やはり実行役を逮捕したところで、指示役に結びつくような情報に辿り着くというのは難しいことだった。おそらく指示役は最初から実行役が逮捕されることを想定しているのだろう。だから、指示役についての情報は最低限しか与えず、いざとなったらトカゲの尻尾切りができるようにしてあるのだ。そのような仕組みが存在しているとなると、裏にあるのは巨大な犯罪組織である可能性が高かった。
「なんだか、かなり大きな話になりそうだな」
捜査車両の助手席に座るなり、富永が呟くように言う。
確かに富永の言う通りだった。最初はただの強盗事件の捜査だと思って動いていたはずだった。それが蓋を開けてみれば、被疑者となるはずの人物が何者かに殺害され、共犯者だった男は何も知らないと供述をしている。背後に大きな犯罪組織が見え隠れしており、ただの連続強盗事件というわけではないような気もしていた。
「実行犯たちは素人って感じですけれど、その背後にいる連中はプロですね。実行犯が逮捕されたとしても、自分たちに害が及ばないように情報を巧みに操っている感じがします」
「そうだな。少し前までは『オレオレ詐欺』なんて呼んでいたはずだったのに、気づいたら不特定多数の強盗団が出来上がっているんだから、恐ろしい話だよ」
「やっぱり裏にいるのは、詐欺組織みたいな連中なんですかね」
「その可能性はあると俺は思うよ。特殊詐欺で稼げなくなってきたから、情報に疎い弱者たちを手足のように扱って、強盗をさせる手口に変えてきたんじゃないかな」
富永の言葉を聞きながらわたしはハンドルを握っていたが、急に頭の中にひとりの人物のことが浮かび上がり、思わず声を発してしまった。
「あっ!」
あまりに突然わたしが声を発したため、何かあったのではないかといった感じで富永が驚いてわたしの横顔をまじまじと見つめる。
「ど、どうしたんだ、高橋。事故ったか?」
「いえ、すいません」
「すいませんって何だよ。どうしたんだ」
急に優しい声で富永が話しかけてくる。
「いえ、違うんです。今回の事件について、何か知っているんじゃないかって人を思い出しました」
「それは誰だ?」
「えびさわたいこ、です」
わたしの頭の中に浮かび上がった人物。それは、連続ホスト昏睡強盗事件で警視庁に逮捕された《《えびさわたいこ》》こと、佐藤千佳であった。彼女はホスト昏睡強盗の前は、特殊詐欺の受け子などをやっていて逮捕されていた。現在は昏睡強盗の事件で実刑判決を受けて服役中であるが、昏睡強盗事件の背後関係については何も語らないままだった。
「彼女なら、そういった組織について何か知っているんじゃないでしょうか」
「確かにそうかもしれないな。しかし、アレは取り調べでも背後関係については何も語らなかったって聞いているぞ」
「わたしなら、聞き出せるような気がします」
「本当か?」
「ええ。一度、えびさわに会いに行ってみようと思います」
わたしはそう言うと、赤信号で停車するために速度を落として、ブレーキを踏んだ。