闇バイト(2)
高田馬場は大学が近くにあるということもあってか、若者の姿を多く見かける。同じ新宿中央署管内であっても歌舞伎町と早稲田町では、かなり違うタイプの人間が集まるということがよくわかった。
ハザードランプを焚いて路肩に捜査車両を停車させると、新浜ケントの自宅マンションの出入り口が見える場所を陣取った。マンションには出入り口となる箇所がひとつしか無いため、ここを見張っていれば新浜ケントの姿を見つけられるはずだ。ただ、わたしと富永の予想では新浜はこのマンションの部屋には戻ってこないだろうという意見で一致していた。
「あそこのラーメン屋、結構並んでいるな。行ったことあるか」
「いえ、ないですね。わたし、あまりとんこつ系が得意じゃないんですよ」
「え、そうなのか?」
「はい。背脂もそんなに得意じゃないです」
「えー、それは意外だな。高橋はなんでも食べれるタイプだと思ってた」
どんなタイプだよ。わたしは心の中で富永にツッコミを入れながらも、視線だけはマンションの出入り口へと向けていた。
マンションには時おり、人の出入りがあった。しかし、それは新浜ケントではなく、宅配業者であったり、他の住人だったりした。
「なんで新浜はこんなところに住んでいるんですかね。大学生でもないのに」
「あれだろ、新宿に近くて安い物件とか探すと、この辺りになるんじゃないのか。学生街だから一人暮らし用のマンションとかも多いだろうし」
そんな会話をしていると、マンションの入口に黄色の派手なダウンジャケットを着た男が姿を現した。頭にはニット帽を被っており、サングラスを掛けていたが、その姿は間違いなく新浜ケントであった。
「富永さんっ!」
「この辺だと、家賃は一〇万円以下だったりするんじゃないのか」
「違います、新浜です」
「いやいや、そんなに高く……あ、新浜だ」
助手席で呑気に会話を続けようとしていた富永もようやく新浜の姿に気づいたらしく、驚きの声をあげた。
「まさか、戻って来るとはな」
「どうしますか?」
「どうするか……いまは逮捕状もないから、新浜を見つけたところで何もすることは出来ないしな」
そう言いながら富永はスマートフォンを取り出すと、どこかへ連絡を入れ始めた。
新浜はキョロキョロと辺りを見回して警戒しながら、マンションの階段をあがっていく。少し離れたところにハザードを焚いているワンボックスカーがおり、それが新浜のことを乗せてきたようだった。
三階にある自分の部屋の中へと入っていった新浜の姿を見届けたわたしは、富永の電話が終わるのを待つ。どうやら電話の相手は組織犯罪対策課の大森のようで、逮捕状はまだ出ないのかといった話をしている。
「わかりました。急がないと飛ばれるかもしれませんよ」
まるで脅し文句かのように富永は言うと、電話を切った。
「逮捕状は、まだ出ないらしい」
ため息混じりに富永は言うと三階にある新浜の部屋を睨みつけるような目で見た。
部屋には明かりがついていた。時おり、カーテン越しの人影が見える。その様子は、何やら荷物をまとめているようにも見えなくはなかった。
「どうしましょうか。何か別件で現行犯逮捕とか出来ればいいですけれど」
「バンカケして、持ち物検査とかで何か出ればいいが、なにも出なかったら、それこそ新浜に高飛びされちまうぞ」
「ですよね。でも、指を咥えてみているってわけには」
「仕方ないだろ。いまは逮捕状が発行されるのを待つしかない」
そんな会話をしていると、新浜の部屋の灯りが消えた。
「おい、来るぞ」
「ええ」
わたしはそう答えながら捜査車両のエンジンを掛ける。
しばらくすると新浜が降りてきて、路肩に停まっていたワンボックスカーの後部座席へと乗り込んだ。新浜の格好は部屋に入った時と何ら変わらないものだった。特に荷物を持っているという様子もなく、高飛びをするには荷物が少なすぎるようにも思えた。
「とりあえず、尾行します」
アクセルを踏み込むと、前にタクシーを一台挟んだ状態でわたしはワンボックスカーの後を追った。新浜を乗せたワンボックスカーは高速に乗ると羽田方面へと向かっていく。やはり海外へ高飛びするつもりなのだろうか。
助手席の富永はあちこちに電話をかけて、新浜が羽田方面へと移動しているということを伝えている。逮捕状がなければ逮捕できないため、このまま逃げられてしまうおそれがあった。
そして、予想通り新浜を乗せたワンボックスカーは羽田空港近くの立体駐車場内へと姿を消した。