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闇バイト(1)

 今週に入って三件目の強盗事件だった。

 手口はどれも同じで、深夜に住宅に目出し帽を被った三人組が押し入り、住人に暴行などを加えて金を奪うというものだ。襲われたのはどれも老夫婦だけが暮らしている一軒家であり、犯人が入念な下調べをしている可能性が高かった。

 本件に関して、新宿中央署刑事課と組織犯罪対策課は合同捜査チームを結成し、捜査にあたることとなった。

「――と、なりますので、実行役の背後には組織的なものが見え隠れしているかと思われます」

 新宿中央署にある大会議室に集められた捜査員たちは、刑事課長である笹原警部から事件の概要を聞き、捜査方針などについて話し合っていた。

 強盗事件は深夜から未明にかけて発生していた。付近にある防犯カメラの映像から送迎用の車が一台おり、そこから三人組が降りて被害者宅へと向かっている。車は三人を降ろしたあとでどこかへと去って行っており、犯行が終わった頃に戻って来ていた。

 現場に向かう三人組はしきりにスマートフォンを見ていた。おそらく、指示役が別に居て、その指示役からのメッセージなり通話なりがスマートフォンへと来ているのだろう。

 実行犯の三人は掃き出し窓をバールのようなもので割って入るなどしており、プロの空き巣などとは明らかに手口が違っていた。はっきり言ってしまえばやり方が素人なのだ。

 これは最近話題になっている、闇バイトというものなのだろう。闇バイトというと、なんだか軽い感じのものに思えてしまうが、やっていることは《《ただの犯罪》》である。しかも、ずさんでお粗末な。

 先日、千葉県で発生した同様の手口の事件では、実行犯役が住人から返り討ちにあい、全治三ヶ月の重傷を負うということがあった。相手が老人だと思って油断したなどと逮捕された実行犯は語っていたそうだが、バカとしか言いようがなかった。

「秘匿性の高いアプリって知ってます?」

 わたしは先ほどから笹原刑事課長が口にしている言葉に疑問を抱いて、隣に座る相棒の富永に聞いた。

「あれだろ、ロシアとかが軍事目的で使っていたやつ」

「それはわかるんだけれど、使ったことあります?」

「いや、無い」

「犯罪に手を染める若者たちが使っているのに、我々刑事が使ったことがないっていうのは問題かもしれませんね」

「でも、使う機会が無いだろ。俺たちには警察無線もあるし」

「確かに」

 そんな会話をしていると、壇上にいた笹原課長と目があった。

「ほら、そこ。なに話しているんだ」

 笹原課長はわたしたちのことを指さして言う。

 わたしは席を立ち上がると、発言をした。

「質問です」

「なんだ、高橋」

「課長は秘匿性の高いアプリとおっしゃっていましたが、使ったことはありますか」

「え? い、いや、ないが……」

「我々は捜査を行うに当たり、相手の手の内を知る必要もあると思うんですよ」

「確かにそうだな。それは高橋の言うとおりだ」

 何かに納得したかのような表情を笹原は浮かべると、話を進めた。

 席に座ったわたしを富永が「やるじゃないか」と小声で褒め称える。

「だって、笹原課長の携帯ってガラケーですから。秘匿性の高いアプリなんて、知るわけがないんですよ」

 わたしは富永に教えてあげると、富永は口を手で押さえて笑うのを必死に我慢していた。

 捜査会議は終了し、わたしと富永、そして組織犯罪対策課の大森と高井というふたりの捜査員でチームを組んで捜査することとなった。大森は元ラガーマンで薄くなった頭髪を綺麗に剃り上げたスキンヘッド、高井は柔道経験者らしく潰れた耳が特徴の髪をオールバックにした細面だったが、ふたりとも刑事というよりは堅気ではない人たちのような見た目だった。しかし、わたしは知っている。彼らがとても真面目で、甘党であるということを。

「防犯カメラの割り出しから、下落合の強盗未遂と東新宿の貴金属店強盗に同一人物がいるということがわかっているそうだ」

 そう言って大森がプリントした画像を三人に配った。

「新浜ケント、二十八歳。自称、パチプロ。まあ、ただのフリーターだな」

「こいつが実行犯の一人なんですか?」

 富永がプリントアウトされた紙を見ながら言う。

 紙には防犯カメラの映像から切り取られたひとりの人物が写っていたが、顔ははっきりとは見えなかった。

「逮捕状の請求は終わっていて、きょうの午後に届くはずだ。新浜は高田馬場にあるワンルームマンションで一人暮らしをしているから、そこを張り込んでおこう」

「わかりました。先に我々が張り込みをするって形でいいですかね」

「任せるよ。逮捕状が届き次第、全員で合流して新浜のヤサに踏み込もう」

 大森はそう言うと、席を立ち上がり相棒である高井と共に会議室を出ていった。

 ふたりが会議室から出ていったのを見送ってから、わたしは口を開いた。

「この新浜って男の家を張り込むのはいいですけれど、これだけのことをしておいて家に戻ってきますかね?」

「戻ってこないんじゃないか。俺が犯人だったら、絶対に戻ってこないよ」

「ですよね……」

「とりあえずは、高田馬場のマンションへ行ってみて、新浜の姿が見当たらなかったら別の作戦を考えよう」

「わかりました」

 わたしは渋々といった感じで席を立ち上がると、捜査車両を出すために駐車場へと向かった。

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