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たとえ君が微笑んだとしても(11)

 その日、わたしは奇妙な話を聞かされた。

 松本アオイが職務質問から逃げ出して交通事故に遭った映像で、最後に瀕死のアオイが何かを口走ったというのだ。最初は何かうわ言のようなものを呟いているだけのように思えたが、それをスロー再生してみると「みどりゆるしてくれ」のような言葉を呟いていたというのだ。

 わたしはその映像をもう一度見せてもらおうと、警視庁捜査一課の二宮にお願いをしたが、証拠品となっているため、その映像を見せることは出来ないと言って断られてしまった。

 みどりゆるしてくれ。

 それはどういう意味なのだろうか。悶々とした気持ちを抱えたまま、わたしは夜勤明けのランチを食べていた。注文したのは海鮮丼だった。マグロや鯛、ブリといった魚がてんこ盛りになった丼とアラ汁のセット。これが千円以内で食べられるというのだから、安いものだ。わたしはそこにグラスビールを追加で注文して、夜勤明けの疲れた体と心を癒やすことに心掛けた。

 松本アオイの事故の後、わたしのスマートフォンには非通知で何度か着信があった。ちょうど出られないタイミングでばかり掛かってくる電話であり、何だか奇妙な感じがしていた。

 それ以外はいつもと変わらない日常であり、歌舞伎町で暴れた外国人観光客の相手をしたり、路上で喧嘩をして血まみれになったホストクラブの従業員たちの取り調べをしたりと忙しい日々を送っている。

 普段であればグラスビール一杯くらいでは酔っ払うことなどはないはずなのだが、きょうは疲れていたのか、酔いがまわるのが早く感じられた。

 帰宅しシャワーを浴びた後、ベッドに横たわると、いつの間にかわたしは眠ってしまっていた。


 いつもであれば過去にミドリと行ったことのある場所が出てくるのだが、この日の夢は違っていた。わたしは夢を見ているのだということを夢の中で認識しており、机を挟んで目の前に座るミドリのことをじっと見つめていた。

 無機質なコンクリートで覆われたよく知った空間。そう、ここは取調室だ。わたしとミドリは二人っきりで取調室にいる。ただ、現実と違うのは書記をする人間がこの場にはいないということだろう。

「ねえ、さっちゃん」

「出たな、ミドリ」

「ちょっと、そんな言い方は無いんじゃない」

「ごめんごめん」

 拗ねたような顔をするミドリにわたしは手を合わせて謝る。

 ミドリはいつものように大学生の頃のままの顔であり、服装も当時のままだった。

「そういえば、アオイが死んだんだってね」

「ミドリが呪いとかで殺しちゃったんじゃないの?」

「そんなこと出来るわけないじゃん。まさか、さっちゃんはオカルトとか信じているわけ」

 ミドリはそう言って驚いた顔をしてみせる。

「あんた、わたしの夢にしょっちゅう出てくるくせによくそんなことが言えるわね」

「別におれはオカルトじゃないよ。これは夢なんだから」

「そっか、夢か……」

 わたしはなぜかそのミドリの言葉に納得してしまった。

 そう、これは夢であって現実ではないのだ。

「アオイを呪ったのは、おれじゃなくてみどりの方だと思うよ」

「え?」

「笠井みどり。彼女だよ」

 彼女はミドリを刺した後、姿を消し、車の中で自殺しているのが発見された。

 わたしは笠井みどりの犯行の裏にアオイが絡んでいるのではないかと疑い続けていた。

 しかし、その証拠を見つけることは出来なかった。

「『みどりゆるしてくれ』はおれのことじゃなくて、笠井みどりのことだよ。おれはアオイを許すとかそういうの無いし、アオイに名前で呼ばれたことは無いよ。もしおれに許しを乞うなら『兄貴、許してくれ』っていうだろうし」

「そっか。そうだよね……。じゃあ、笠井みどりさんが、アオイを?」

「どうだろう。それは本人に聞いてみないとわからないよ」

「ミドリはみどりさんを恨んだりはしていないの?」

「どうだろう。おれにはよくわからないんだ」

 ミドリはそういうと寂しそうに笑った。

「ごめんね、ミドリ。結局は、何も解決することが出来なかったよ」

「別にいいんだよ、さっちゃん」

「ごめん……本当にごめん」

「謝らないでよ。さっちゃんは悪くない。悪いのは……」

 そこまでミドリが言った時、急に場面が変わった。

 懐かしい風景。そこはミドリが一人暮らしをしていたアパートの一室だった。

 わたしはよくそのアパートに泊まりに行っていた。

「本当はずっとこうしていたかったんだけれど、いつまでもさっちゃんと一緒にいて困らせるわけにはいかないんだ」

「え?」

「もう、おれはさっちゃんから離れるよ。だから、これで最後」

 ミドリはそう言うと、わたしに微笑んでみせた。


 目を開けると、いつもと同じ天井があった。

 わたしの目からは大粒の涙がこぼれ落ちていった。

 もうミドリはわたしの夢に出てくることはないだろう。なぜかそんな気がした。

 わたしは枕に顔を埋めるようにして、声を出して泣いた。

 いままでミドリのために泣いてあげることが出来ていなかった。それが初めて泣くことが出来た。

「さっちゃん、ありがとう」

 そんなミドリのやさしい声が聞こえたような気がした。

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