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たとえ君が微笑んだとしても(5)

 全身から汗が吹き出していた。まだ入って数分しか経っていない。

 呼吸がしづらいくらいの熱さがあったが、流れ出てくる汗は嫌な汗ではなかった。

 歌舞伎町にあるスパだった。銭湯にサウナ、エステなどが併設されているスパで、平日昼間であってもそこそこの客入りがあった。

 サウナ内ではリラックス効果があるというアロマが焚かれており、気分は良かった。

 現在サウナ室にいるのはわたしの他に、二〇代前半と思われる二人組と五〇代半ばくらいと思われるおばさまがひとりいるだけだった。

 もう我慢できない。わたしは立ち上がろうとする。しかし、同じタイミングでおばさまがふらっと立ち上がった。おばさまはわたしよりも後から入ってきたはずだ。ゆらゆらと体を左右に揺らすようにしながら歩くおばさまは、そのままサウナの扉を開けて外へと出ていった。そんな彼女の大きな背中を見送りながら、サウナから出るタイミングを逃したわたしはもう少しだけ頑張ってみようかと、座り直してぼうっと一点を見つめた。

 それから人の出入りはなかった。若い二人組はまだ全然平気といった感じで、時おり小声で囁くようにひと言ふた言会話をするが、それ以外はじっと耐えるように黙っている。

 どのくらい時間が経ったのだろうか。額から流れ出る汗を拭いながら、わたしはサウナ室の端に置かれているデジタル時計へと目をやった。まだ二分だった。あのおばさまが出て行ってから二分しか経っていないのだ。おかしい、この部屋だけ時間軸がおかしくなっているのではないか。そんな妄想をしていたが、もう限界を迎えていた。

 ゆっくりと立ち上がったわたしはドアへと向かい、まだサウナ室に残る彼女たちに敬意を払い、心の中で敬礼をするとそっと室外へと出た。

 全身を包み込むような熱気から解放されたわたしは水風呂へと直行した。汗を水で流してから、そのまま水風呂の中へと身を沈めていく。

 水風呂は深さがあり、女性としては高身長であるわたしでも胸の辺りまでの水位があった。

 冷たい、冷たすぎる。でも、その冷たさに慣れてくると、だんだん冷たさが気持ちよさに変わっていく。そうか、これが《《整う》》という感覚なのか。いままでなかった感覚にわたしは快感を覚えながら、身体と心を整えていった。

 平日昼間からサウナを堪能できるという贅沢を味わったわたしはお風呂上がりに冷たい水を飲みながら、くつろぐことができる座敷スペースにいた。このスペースには雑誌や漫画などがあり、フリードリンクとしてミネラルウォーターが飲める他、注文すれば生ビールなども飲めるようになっている。

 この時間、みんなはデスクワークなどに励んでいるのだろうな。みんなが働いている時間に、わたしはサウナに入って整って、こうやってくつろいでいる。ああ、この背徳感がたまらない。しかも、これはプライベートではなく、仕事なのだ。そう、これは仕事なのだ。

 マッサージチェアにコインを投入し、ふくらはぎをブルブルと震わせながら、わたしはいま仕事中であることを思い出していた。

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