誰がために鐘は鳴る(7)
捜査を再開したわたしたちは、新宿二丁目へと向かっていた。
時刻は深夜一時を過ぎ、終電は無くなっている時間だった。それでも新宿二丁目は多くの人で賑わっている。
二丁目の捜査担当は二宮が緑川一課長に「自分たちにやらせてほしい」と直訴したため手にしたものだった。
当初の二宮チームの担当は、被害者である武藤巡査の身辺捜査であり、被疑者の捜査ではなかった。しかし、今回の情報を二宮が掴んできたことにより、緑川一課長は配置換えを認めた。配置換えをしてもらったからには、必ず犯人確保をしなければならない。強い使命に燃えた二宮は、かなり気合が入っていた。
新宿二丁目。そこは不夜城と呼ばれる新宿の中でも、かなりの異空間である。有名なのはゲイなどが集まるバーが多くあることだが、それ以外にもアンダーグランドな世界が広がっている。
わたしや富永はパトロールなどで色々な店に顔を出しているため、特に何も感じることはなかったが、二宮は初めて足を踏み入れた世界に戸惑いを見せていた。
「この先にある『to many』という名前のクラブで三沢浩平と武藤巡査が一緒にいたという目撃情報があるそうです」
二宮はスマートフォンのメッセージを読みながら、わたしたちに言う。
「ああ、その店なら知っています。筋肉ムキムキのゲイたちが集まるクラブですね」
富永がそう言うと、二宮は表情を若干引き攣らせた。どうやら、二宮はそういう世界が苦手なようだ。
「じゃあ、二宮さんと富永さんでカップルってことで入ってもらいましょうか」
二宮の表情を見たわたしは、悪ノリして言う。
「い、いや、ちょっと、それは」
「冗談ですよ。冗談。普通のクラブだと思って入れば大丈夫です。変に警戒心とかを見せないでくださいね。彼らは凄くそういうのに敏感ですから」
「か、からかわないでくださいよ、高橋さん。大丈夫です、私は平常心で行きますから」
二宮は強張った顔のまま言った。
三人が『to many』の前に立つと、クラブのセキュリティと思われる縦にも横にも大きな男が声を掛けて来た。
「いらっしゃいませ。三名様ですね。あ……、えっと、刑事さん……ですよね」
セキュリティがわたしの顔をまじまじと見ながら言う。
「そうだけど。わたしのこと、覚えていてくれたの」
「そりゃあ、もちろんですよ。この辺りで刑事さんの顔を知らないヤツなんて潜りですよ」
セキュリティが、冗談なのか本気なのかわからない感じで言う。
「あ、そうそう。この男、店に来なかった?」
わたしはそう言って、スマートフォンで捜査本部が入手した三沢浩平の画像を見せた。その画像は陸上自衛隊時代のものであり、モスグリーンのTシャツを着た三沢浩平の姿が写っている。
「えっ、この人ですか。来ていますけれど。……この人、なにかやったんですか」
「そういうわけじゃないの。ただ、この人から話を聞きたいと思っているだけ。重要参考人ってやつよ」
「そうですか」
「じゃあ、中に入ってもいい?」
「もちろんです。あの、もう一度聞いちゃいますけれど、この中で大捕り物とかやらないですよね?」
「どうだろう。もし、そうなった時は、声かけるから協力してよね」
冗談っぽく言って、三人で店内へと入った。
店内には大勢の客がいた。重低音の効いた音楽が流れており、その音楽に合わせて踊っている人もいれば、アルコールの入ったグラスを片手に談笑している人もいる。
ただ、この店にいるのは男ばかりだった。
自分の肉体を誇示するかのようにタンクトップやノースリーブのシャツを着ている人間が多い。髪型も特徴的で、揃えたかのように似たような髪型や髭の生やし方をした人間が多かった。女性の客もいることはいるが、本当に数えるほどしかいない。
わたしは顔見知りの従業員がいるバーカウンターに向かい、挨拶をしながらスマートフォンの画面を見せる。傍目から見れば、飲み物の注文をしてスマートフォンで支払いをしているように見えなくはない。
「ねえ、きょうこのお客さんって来ている?」
従業員は一瞬だけホールの方へと目をやり、わたしの目をじっと見つめてから、無言で頷いた。
「ありがとう。大丈夫よ、面倒ごとは起こさないから」
笑みを浮かべてそういうと、ホールに向かって目を向けていた富永と二宮に声を掛けた。
「いるみたいです。どうしますか」
「すぐに捕まえて、任意で引っ張るべきじゃないか」
わたしの言葉に富永が反応する。
しかし、二宮は少し考えたような表情を浮かべてから口を開いた。
「いえ、ここは慎重に行きましょう」
「では、どうします」
「ひとまず、三沢浩平を見つけましょう。それで店から出たところで任意で話を聞く」
「わかりました」
わたしはそう言って、フロアへと目を向けた。
この大勢の客のどこかに、三沢浩平がいる。さりげなくフロアにいる客の顔を確認していくが、三沢浩平の姿は見つけられなかった。
「とりあえず、自然にしていてくださいね。わたし、飲み物を買ってきますので」
「職務中ということを忘れないでください」
「わかっています。ノンアルコールですよ」
小声で二宮に言うと、わたしは再びカウンターへと向かった。