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師弟関係(2)

 芝本さんの送別会を終えた後、何となくわたしの足は自宅近くにある行きつけのバーへと向いていた。駅から少し離れた住宅街にあるそのバーは、隠れ家的な存在でとても気に入っていた。

「いらっしゃい。好きな席にどうぞ」

 店のドアを開けると、カウンターの中にいたマスターが声を掛けて来た。

 歳は五〇代後半ぐらい。短く刈った白髪頭に無精ひげという一見コワモテな感じのスタイルのマスターだが、愛想も良く、笑うとどこか可愛い感じのする人だった。

 店内を見回し、空いていたカウンター席へと腰をおろす。

 すでに送別会でビールと日本酒を飲んでいたため、わたしはグラスワインを注文した。

「きょうはね、ロールキャベツを作ってみたんだけど、食べる?」

 マスターがグラスワインをわたしの前に出しながらいう。

 この店にはマスターのこだわりの一品料理というものがあり、日替わりで違う料理が食べられる。先日訪れた際は味噌煮込みうどんだったし、その前はスペアリブだった。

 常連客から聞いた話では、マスターはこの店をはじめる前、ホテルの料理人だったそうだ。

 マスターはその日の気分で作る料理を変え、和食、洋食、中華などバラエティーに富んだメニューを一品料理として提供している。

 カウンターテーブルの上に出された大皿には、きれいな金色こがねいろのコンソメスープの中に色鮮やかな黄緑色のキャベツがいくつも浮かんでいた。

 そんなロールキャベツの姿を見ただけでも、口の中に大量のよだれが分泌されてくる。

 マスターは大皿からロールキャベツを小皿に取り分け、わたしに差し出してくれた。

「熱いから気をつけて食べてね」

 その言葉に無言でうなずき、箸を伸ばす。

 ロールキャベツをひと口かじると、周りを包んでいたキャベツが破れて、中から甘い肉汁があふれ出てきた。ひき肉はボソボソとしておらず、ジューシーであり、少し噛んだだけであとは溶けてしまう感じだった。肉汁の甘みは、外見を包んだキャベツとひき肉に混ぜられた玉ねぎから出たもので、ひと口食べると、もうひと口食べたいという欲求に駆られる旨さがあった。

「とっても美味しいです」

 口の中にあったロールキャベツを飲み込んでマスターに伝えた。

「いいでしょ。結構、評判なんだよ、これ」

 マスターは笑いながらいうと、粒マスタードの瓶をわたしの前に置く。

「これで味変あじへんすると、さらに美味しいから試してみなよ」

「え、マスタードですか」

「そう。これは俺の師匠だった人から教わったやつなんだ」

 マスターに言われた通り、わたしはマスタードをひとさじすくってロールキャベツにつけてみる。ロールキャベツの甘みと粒マスタードの酸っぱさが混ざり合って、なんとも食欲をそそる味になる。ああ、これは癖になる味だ。あまりの美味しさに笑みが止まらなかった。

「いいね。いい顔して食べるね」

 わたしの顔を見たマスターも嬉しそうに笑みを浮かべる。

 おいしいロールキャベツを食べた後は、ワインも進む。最初は赤ワインを飲んでいたけれど、なんとなく白も飲みたくなり、気がついたら六杯目のグラスワインを堪能していた。

 店を出た時には、終電時間をとっくに過ぎていた。歩いて帰れる距離なので、終電を気にしなくていいというのは、本当にありがたい。

 ほどよく酔っていたため、自分ではまっすぐ歩いているつもりでも実際にはフラフラと千鳥足だったようで、何度も電信柱にぶつかりそうになった。

 自宅に帰ると、玄関から服を順番に脱ぎ捨てていってシャワーを浴びた。

 そこでわたしは再び泣いた。

 それは声を上げて泣くほどの号泣だった。急に芝本さんが刑事を辞めてしまうという現実が襲いかかってきたのだ。

 ひとしきり泣いた後でシャワーを出て、濡れた体をバスタオルで拭き、そのままベッドに倒れ込んだ。


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