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えびさわたいこ(7)

 ちらりとメニューを見てみると、この店にはやきとり以外に野菜の串焼きメニューというものが存在していた。ぎんなん、ししとう、しいたけ、ミニトマト、アスパラガスといったものの串焼きがあるようだ。

 早々に二杯目のジョッキを空にしたわたしは、レモンサワーとミニトマトとぎんなんの串焼きを追加注文した。

 レモンサワーは、焼酎の炭酸割りの入ったジョッキと半分に切られたレモンを店員が持ってきて、その場でレモンを絞ってくれるというものだった。

 そのレモンサワーはとても美味しく、喉越しも良かった。レモンサワーを気に入ったわたしは三杯連続で注文した。そこまでは、はっきりとした記憶が残っている。


「おいおい、ペース早すぎじゃないか」


 富永が呆れ半分、心配半分といった口調でわたしに言った。それも覚えている。


「大丈夫れす」


 はっきりと答えたつもりだったが、呂律はあやしく、そこから先の記憶は断片的にしか残っていない。

 終電を逃した。そこはしっかりと覚えている。

 富永が腕時計を眺めながら、ため息を吐いたのだ。それに対して、食って掛かったような気がする。


「もう帰ろうっていうのか、富永!」


 そんなことを口走っていた気もする。


「もう一軒行くぞ、富永!」


 焼き鳥屋を出た後、わたしは富永の腕を引っ張りながら歩いていた。そこも断片的ではあるが、覚えており、そのあと富永と別の店へ行ったことや、ちょっと洒落たバーに入って普段頼むことのないようなカクテルを飲んだこともかすかに覚えている。

 つぎの記憶は、タクシーの中だった。駅前でタクシー待ちの列へ並び、富永にタクシーの後部座席へと押し込まれたという記憶もあった。


 目を開けると見たことのない部屋にいた。

 自分の部屋ではなく、別の人の部屋だった。一体、ここはどこなのだろうか。そう思って辺りを見回す。

 部屋の中は綺麗に片づけられていた。家具はしっかりと揃えられているのだが、どことなく生活感のない部屋に感じた。

 わたしがいるのはベッドの上だった。そのベッドはシンプルな作りのパイプベッドであり、布団に包まるようにして眠っていたのだ。

 服は何も身に着けてはいなかった。全裸だ。これはいつもの癖であり、普段自宅でも全裸で寝ていることが多い。しかし、知らない部屋で全裸で寝ているというのは、ちょっと考えものだった。

 少し離れたところにあるソファーの上に、人影が見えた。その背中には見覚えがあった。ソファーの大きさには収まりきらない身長。間違いなく富永だった。

 つまりここは、富永の部屋ということだろうか。

 記憶を辿ろうとするが、タクシーに乗った後のことをまったく思い出すことが出来なかった。

 そして、自分が全裸である理由も思い出せない。

 もしかして、富永と……。

 そう思ったが、ソファーで寝ている富永の格好はシャツにスラックスであり、昨晩と同じ格好をしていた。

 たぶん、富永とは寝ていない。わたしはそう考え、自分が着ていた服はどこにあるのだろうかと辺りを見回した。しかし、どこにも服は見当たらない。

 そんなことをしていると、ソファーの方で動く気配がしたため、わたしは慌てて布団の中に潜り込み、寝たふりをした。


「うう、頭痛い……」


 富永の目覚めのひと言だった。

 富永はソファーから起き上がると、ストレッチでもするかのように身体をぐっと伸ばす。

 そして、わたしのいるベッドの方へと近づいてきた。


「おい、高橋。起きてるか。昨夜は悪かったな」

「え、どういうことですか」


 わたしは寝たふりをするのをやめて、目を開けた。

 すぐ近くに富永の顔がある。富永の顔は、どこか青白いように思えた。


「ん? 覚えていないのか。飲みすぎて、俺が盛大に戻しちまって、高橋の服を汚してしまったんだ」

「あ、ああ……」


 なんとなくだが、富永にいわれて思い出してきた。

 汚れた服は、たしか洗濯機の中に放り込んで、洗濯したはずだ。


「乾燥機があと1時間ぐらいで止まるから、それまでの間は、この服でも着ていてくれ。俺はコンビニへ行ってくる」


 そういって富永は綺麗に畳まれたTシャツとスウェット上下を佐智子の枕元に置くと、部屋を出て行った。

 わたしは布団から出ると、富永の出してくれたTシャツとスウェットを身に着けた。洗剤の良い匂いがした。サイズはかなり大きかったが、部屋の中にいる分には問題はなかった。

 しばらくして、富永がコンビニから戻ってきた。

 買ってきたのは、ミネラルウォーターと朝食用のサンドウィッチだった。


「適当に食べてくれ。俺はまだ胃が受け付けないみたいだ」


 苦笑いをしながら富永はいうと、ペットボトルのミネラルウォーターだけを手に取

った。どうやら富永はひどい二日酔いのようだ。

 不思議なことにわたしはまったく大丈夫であり、富永の買ってきてくれたサンドウィッチをひとりで頬張った。

 しばらくすると、部屋の外から短い電子音が聞こえた。どうやら、乾燥が終了したようだ。

 わたしは洗面所に向かい、乾燥機から服を取り出すと、富永に借りたスウェットを脱いで、昨日と同じパンツスーツ姿に戻った。こんな時ばかりは、ウォッシャブルタイプのパンツスーツで良かったと思う。

 特にすることがあったわけではなかったが、しばらくの間、富永の部屋で話をして過ごした。

 他愛もない会話。普段、相棒として仕事をしているのに、プライベートについてはまったく知らなかった。部屋には、学生時代に剣道の大会で優勝した賞状が飾られていた。たしか、富永は新宿中央署でも剣道部に所属しているはずだ。


「富永さんって、休みの日は何しているんですか」

「そうだな……。洗濯とか、たまった家事を一気にやる」

「ああ。わたしと一緒だ」


 そういってふたりで笑った。休みの日は、体を休めるという考え方も一緒だった。

 特に趣味があるというわけでも無いし、休みの日ぐらいは出かけないで家でゆっくりと休んだらいいんじゃないのか。わたしも富永もそんな考えなのだ。

 普段、日勤の際に富永が定時と同時に部署を飛び出していくのは、剣道部の稽古があるからということを最近知った。夕方から富永は、新宿中央署の剣道場で少年少女に剣道を教えているのだそうだ。

 仕事については納得が出来ないことは多々あるが、わたしはいい相棒にめぐり合えたのだと実感していた。

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