えびさわたいこ(6)
「納得できません!」
新宿中央署の三階にある会議室で、わたしは刑事課長である笹原に食って掛かっていた。
会議室にいるのは、笹原と強行犯捜査係長の織田、今回の捜査を担当していた二川と富永、そしてわたしだった。
「納得できないといってもなあ、高橋。捜査一課の方が先に逮捕状を取っていたんだから、向こうに捜査権はあるだろ」
「だったらどうして我々が内偵捜査を進めているのに、捜一は情報をくれなかったんですか。捜一も佐藤千佳の捜査をしているってわかっていれば、こちらも捜査方法を変えることだってできたはずです」
わたしは笹原相手に一歩も引かず、抗議を繰り返す。まったくもって、今回の件は納得ができなかった。一か月近くに渡る内偵捜査は何だったのか。毎晩のようにホストクラブに通ったのは何だったのか。佐藤千佳について、警視庁のデータベースにアクセスした時点で、こちらが何かを調べているということはわかったのではないのか。考えれば考えるほど、わたしの中で怒りの感情が渦巻いていく。
その日の会議では、笹原課長から納得のできる回答を得ることは出来ず終わってしまい、なんだかモヤモヤしながらわたしは自分の席でその日の勤務時間が終わるのを待った。
この怒りはどこへぶつければいいのだろうか。そんなことを思いながら帰り支度をしていると、富永が声を掛けて来た。
「おい、高橋。ちょっと、付き合え」
「はい?」
「飲みに行くぞ」
ぶっきらぼうな誘い方だった。本当はまっすぐ家に帰りたかったのかもしれないが、相棒があまりにも苛立っているので、仕方なく誘ったのかもしれない。
そんな富永のやさしさに触れ、わたしは少しだけ苛立ちを押さえることが出来た。
富永とふたりで向かったのは、駅から少し離れたところにある焼き鳥屋だった。
カウンター席に横並びに座ったわたしたちは、生ビールとやきとり串の盛り合わせを注文する。やきとり串の盛り合わせの内容は、もも、つくね、かわ、レバー、はつという組み合わせであり、それを二本ずつということにした。
「お疲れさまです」
お決まりの言葉でジョッキを合わせたわたしと富永は、キンキンに冷えたビールで喉を潤した。
この一杯がわたしの怒りの溜飲をまた少しだけ下げてくれる。
「やっぱりわたしは納得できませんよ」
お通しの枝豆をつまみながら、一杯目のビールを半分ほど飲んだところでわたしは口を開いた。
今回の件については、本当に腹が立って仕方なかった。この一か月、自分は何をしてきたのだろうか。毎晩のように歌舞伎町にあるホストクラブへ通い、内偵捜査を続けてきた。飲みすぎで辛い日もあった。それでも事件解決のために捜査を続けて来たのだ。それが、きょう一日ですべて台無しになってしまったのだ。
「高橋、お前の気持ちはわかるよ。でもな、課長も言っていたけど、あちらさんはきちんと令状まで取っていたんだ」
「だったら、うちが調べる時にわかるはずじゃないですか。同じ案件を扱っているって」
公の場であるためわたしたちはなるべく会話の中身がわからないように、直接的な表現を使わずに話をしていた。
「それは、確かにそうだな」
「ちゃんと本社(警視庁)と連携が取れていなかったってことでしょ」
わたしは少し大きな声で言うと、ジョッキの中の残りのビールも一気に飲み干した。
「やきとりの盛り合わせ、お待ちどうさまです」
そこで店員が焼き鳥の盛り合わせの乗った皿を持ってやってきた。
わたしは生ビールのおかわりを注文する。富永はまだジョッキに半分以上ビールが入っていたため、そのまま見送っていた。
やきとりはいずれもタレであり、七味唐辛子を少しかけてから食べた。
わたしたちの座るカウンター席の前にはガラスで囲まれた焼き場があり、その中でねじり鉢巻きの店員が鳥を焼いている姿が見えた。時おり、鳥の油が滴り落ちて大きな炎が上がったりすることがあったが、それもひとつの演出のようなものに感じられた。
店員から新しいビールを受け取ったわたしは焼き鳥をひと口食べて、それを一気にビールで流し込む。よく染み込んだタレと炭火で焼かれた鳥の味が本当に良く合う。これはビールが進むこと間違いなしだ。