えびさわたいこ(5)
警視庁のデータベースに入っていた佐藤千佳の住所は古いものだった。すでにそのマンションは他人の手に渡っており、現在は佐藤千佳がどこに住んでいるのかはわからない状態となっていた。
色々と考えた結果、ホストクラブから佐藤千佳のことを尾行するところから、捜査をはじめることとなり、捜査チームは役割分担を決めた。
ホストクラブ内での内偵捜査はわたしが行い、帰宅する佐藤千佳の尾行を富永と二川が行うという流れである。
その夜も、いつものようにホストクラブに行くと、指名なしのフリーで入店した。
もう何度も通っているため、ボーイとも顔見知りになっており、フリーであってもそこそこ良いホストを着けてくれるようになっている。
「こんばんは、佐智子さん」
そういって席についたのは、カゲアキラという源氏名のホストだった。
彼の元ネタは朝倉景鏡という戦国武将である。カゲアキラと呼ぶのは面倒くさいため、ほとんどの客が彼のことをアキラと呼んでいた。
アキラは私立大学に通う現役大学生であり、話題も時事ネタから若者の間で流行っていることなど豊富であった。彼は近い将来、人気ランキングの上位に食い込むだろう。わたしはアキラと話をしながらそう感じていた。
「きょうもマサユキさんは常連さんについているの?」
さりげない感じでアキラに話題を振る。
「そうだね。きょうもいつも来てるお客さんが指名しているみたいだよ。あれ、まさか佐智子さんもマサユキさんのことを狙っているの」
「まさか。ちょっと気になっているだけ」
「えー、佐智子さんは僕のことだけを気にしてよ」
アキラは甘えた声を出す。
こういうのも悪くないな。わたしは思わずにやけてしまう。
そんなやり取りをアキラとしていると、突然入口の方が騒がしくなった。なんだか様子がおかしく、店のボーイたちが慌てているのが目に入った。
何かあったのだろうか。
そんなことを思っていると、背広を着た男たちが店内へとなだれ込んできた。
「なにこれ?」
「どうしたの?」
店内がざわめく。
わたしには、その男たちの姿に見覚えがあった。
「はい、みなさん落ち着いてください。我々は警視庁捜査一課です。目的を果たしたら、すぐに去りますので、そのまま席に座っていてください」
先頭に入ってきた男が店内全体に聞こえるぐらいの大きな声でいう。
どういうこと。わたしはバッグからスマホを取り出す。スマホのディスプレイには、複数の着信があったことを知らせる表示が出ていた。
捜査一課と名乗った男たちは、一直線にマサユキと佐藤千佳のところへと向かっていく。
「佐藤千佳だな。強盗傷害致死の容疑で逮捕状が出ている」
男はそういって一枚の紙をマサユキの隣に座る女――佐藤千佳に提示した。
やられた。隣にアキラがいることも構わず、わたしは急いで外で待機しているはずの富永へ連絡を入れた。
「どういうことですか、これ」
「俺たちにもわからないんだよ。いきなり本庁の連中が現れた」
「佐藤千佳の身柄、持っていかれちゃいますよ」
「いま、織田さんにどうなっているのか、確認をしてもらっている」
「それじゃあ、間に合いません」
わたしはそういって電話を切ると、佐藤千佳を囲むようにしている警視庁の捜査員たちのところへと歩いて行った。
この数か月の苦労はなんだったのか。突然、横から現れた連中に佐藤千佳の身柄を持っていかれたんじゃ、たまったものではない。
「ちょっと」
逮捕状を提示している男にわたしは声を掛ける。
「なんだね、君は」
遮るように別の男がわたしの前に立ちはだかる。
「我々の職務を妨害するようであれば、公務執行妨害で現行犯逮捕することも出来るんだぞ」
よほどわたしの顔が恐ろしいものになっていたのだろう。立ちはだかった男は公務執行妨害を持ち出して、けん制した。
「新宿中央署刑事課強行犯捜査係の高橋です」
そういって身分証を提示する。
本当はこの場所では出したくはないものだった。ホストクラブ内の誰もがわたしの素性を知らなかった。それなのに、このような形でバラすこととなってしまったのだ。
「佐藤千佳は、我々が内偵捜査を続けていました」
「それはご苦労様。だが、こちらは逮捕状を持っているんだ」
逮捕状を提示していた男がいう。歳は同じぐらいだろうか。どこか気取っているように感じて、それが鼻についた。
「私は自分の所属と身分を伝えましたが、そちらは?」
「ああ、すまなかった。警視庁捜査一課第三強行犯捜査殺人犯捜査第二係の二宮だ」
そういって二宮は身分証を見せた。
同じように他の捜査員たちも身分証を見せる。全員が本庁捜査一課第三捜査殺人犯捜査第二係の人間だった。
「佐藤千佳の身柄はこちらで預からせてもらう。そちらの捜査についての情報も共有してもらえると助かる」
二宮はそう言うと、他の捜査員たちと一緒に佐藤千佳を連れてホストクラブから出て行ってしまった。