えびさわたいこ（４）
まるで足繁く通う常連客のように、その夜もわたしはホストクラブへと足を運んでいた。
いつもはフリーで入るのだが、連絡をくれたウジマサにお礼の意味も込めて、指名を入れてあげた。
「佐智子さん、ありがとう」
ウジマサは本当に嬉しそうな笑顔をして、わたしにいう。
「それで、どの人なの？」
どこか仕事モードになっているわたしは余計な話などはせずに、ウジマサに聞いた。
「あの人だよ。ほら、マサユキさんと一緒にいるでしょ」
ウジマサの示した方向にいたのは、髪の長い２０代後半ぐらいの女だった。
色白でどこか地味な印象を与える顔をしている。もしかしたら、わざと化粧で地味な風にしているのかもしれない。わたしはそんな風にその女性を分析していた。
さりげない仕草でスマホのカメラで写真を撮った。もちろん、音が鳴らないアプリを使用しており、シャッター音は鳴らなかった。
何枚か女の顔を写真に収めるとウジマサに焼酎のボトルを一本だけ入れてあげて、その日は店をあとにした。
新宿中央署に戻るとすぐに写真データを警視庁のデータベースで人物照会をおこなった。
データベースの仕組みはよくわかってはいないが、顔写真のデータをアップロードするとＡＩがデータベース内にある顔写真と一致するデータを見つけ出してくれるというものだった。
もしも撮影してきた、あの「えびさわたいこ」に前科があるようならば、このデータベースでヒットするはずだ。
しばらく『検索中』という画面になったあと、画面に１件ヒットしたというメッセージが表示された。
「ビンゴっ！」
思わずわたしはパソコンの前で大声をあげてしまった。
何事かといった感じで、周りにいた人たちがこちらを見る。
「失礼しました」
立ち上がって頭を下げると、警視庁のデータベースにヒットした女の情報を印刷した。
えびさわたいこの本名は、佐藤千佳といった。
過去に特殊詐欺事件の受け子として逮捕されている。
この情報を見て、佐智子は嫌な予感を覚えた。もしかしたら、えびさわたいこ事件にはバックに詐欺グループのような組織がついているのではないだろうか。
佐藤千佳のデータが印刷された紙を持って、わたしは強行犯捜査係長である織田警部補のもとへと向かった。
「確かに似ているな。同一人物と判断して間違いないだろう。詐欺の件もあるから、滝本係長にも同席してもらうか」
織田はそう言うと、少し離れた場所に座っている盗犯係長の滝本警部補にも声をかけて、３階にある会議室へと向かった。
普段、捜査会議部屋と呼ばれている小会議室には、笹原刑事課長と滝本盗犯係長、織田強行犯捜査係長、そしてわたしというメンバーが揃っていた。
「現在強行犯捜査係で追いかけている連続ホストこん睡強盗事件の被疑者として、ひとりの女が浮上しました。名前は、佐藤千佳。２年ほど前に特殊詐欺事件の受け子として、盗犯係に逮捕されています」
織田はそう説明をして、笹原と滝本に佐藤千佳のデータを渡す。
「この女がこん睡強盗事件の被疑者であるということは、間違いないんだろうな」
「はい。まだ証拠は揃っていませんが、身辺の洗い出しなどをするだけの理由は揃っています」
笹原の言葉にわたしは答えた。
「なるほどね。滝本、半年前に逮捕した時の様子はどうだった」
「取り調べの記録によれば、ただ言われた通りの場所で金を受け取っただけだと言って、詐欺グループとの繋がりについては否定していました」
「この女が詐欺グループと繋がっている可能性は？」
「難しいですね。しかし、今回の手口を聞くと単独犯ではないような気もします」
「そうか……」
笹原は腕組みをして、背もたれに体を預けるようなポーズを取った。このポーズを笹原が取るのは、迷っている時だった。あとひと押し何かが欲しい。そう言っているのだ。
「笹原課長、佐藤千佳が狙っているホストは現在人気ランキング３位となっています。おそらく、佐藤千佳は近日中に動き出すはずです。いま、佐藤千佳に対する内偵を進めておかなければ、被害者がまた出てしまう恐れがあります」
「そうだな。わかった。佐藤千佳への内偵捜査を許可する」
「ありがとうございます」
こうして、佐藤千佳への内偵捜査が決定したのだった。
