永長沙良 ②
小学校を卒業し、中学に入学した沙良は新たな友達が増えた。ちがう小学校出身の友達と話すのは、とても楽しいことだった。
沙良はテニス部に入部し、きつい練習も、つまらないボール拾いも黙々とこなし、仲のいい先輩もできた。
だから、中学生活は毎日が楽しい。
それでも、やはりふとした瞬間に、李未のことを思い出す。特に一学期が終わる時期。そう、李未が引っ越すと聞いた、あの日と同じ時期が来ると、沙良は昨日のことのように、そのことを思い出す。
中学に入って初めての夏休みに入った。
熱中症予防のため、夏休み期間の部活の時間は短時間で、一日おきだった。今日は部活がない。
今朝、お母さんは寝坊したらしく、沙良が起きてリビングに行くと「お昼はスーパーで何か買って食べて」というメモ書きと、1.000円札が一枚リビングの机に置かれていた。
初めはお弁当でも買って食べようかなと思っていたけれど、スーパーに併設されているカフェに行ってみよう! と思いついたのだった。
一人でカフェに行くなんて初めてだ、とどきどきしながらデニムとTシャツに着替え、財布にはお母さんから預かった1.000円と自分のお小遣いをプラスして入れた。
外に出ると太陽の光が、痛いくらい照りつける。サンダル越しに地面の熱が伝わってくる。沙良は瞬く間に汗をかいた。
スーパーの前にある信号に引っかかった。
「あっつー」と言いながら、ハンドタオルで額の汗を拭い、バサバサとそれを扇子のように動かした。
その時、ハンドタオルの向こう側に綺麗な花が見えた。濃い紫色やピンク色の花が、ワインの樽のような花壇に咲いている。
何ていう花だろう?
そう思いながら、花に顔を寄せた時だった。
「ペチュニアっていうんだ」
頭の上から声がした。沙良は驚いて顔を上げる。そこには大学生くらいの男の人が立っていた。手にはブリキ製のジョウロを持っている。
この人が育てているのか? と思いながら
「ペチュニア……」
とくり返す。初めて聞いた花の名前だった。男の人の後ろに看板があるのが見えた。そこには、
―― メモリアル トラベラー あなたの後悔を癒します
と書いてあった。沙良は、はっとする。この間、テレビで取り上げられていたのだ。その時は、戻りたい過去なんてないし、と聞き流していた。
でも、今、メモリアルトラベラーの文字を見て、沙良の頭の中に李未が浮かんだ。もう一度、会いたい。会ってあの言葉を謝りたいし、きちんとお別れを言いたい……
「あの……お兄さん、メモリアルトラベラーできるんですか?」
沙良は訊いていた。その言葉を聞いて、目の前に立つ男の人は、ゆっくりと頷いた。