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第一話 檀野蓉子 ①

 檀野蓉子だんのようこは、ドアの前に置かれたトレイを持ち上げる。トレイの上には、空になったコップとお皿が置かれている。

 全部食べてくれたことにほっとしつつも、こんな生活がいつまで続くのだろうと、絶望感を覚える。


 一人息子のいつきが部屋から出てこなくなって五年が経つ。樹はひきこもり生活を送っていた。


 元気に生まれて小学校、中学校までは、ごく普通の子どもだった。消極的で、勉強も運動も平均よりやや下だった樹に、もう少し、しっかりしてほしくて、蓉子は樹の尻を叩いた。

 と言ってもやりすぎではなかったはずだ。マイペースな樹に苛々させられながらも、蓉子は一生懸命子育てに励んだ。夫は全国に転勤があり、今も単身赴任中だ。だからこそ蓉子は必死だった。


 樹は昔からお絵描きが好きだった。校内に樹の作品が掲示されたり、美術展で賞をもらったこともある。それは蓉子にとっても嬉しいことだった。

 そんな樹は、小学四年生の頃から漫画を描き始めたようだった。自由帳に縦、横に線を引いただけの単純なコマ割りで、本格的な漫画にはほど遠いものだった。

 同じクラスの友達にそれを見せては楽しんでいるようだった。


 樹はいつも漫画のことを考えていた。以前にも増して勉強をしなくなった。自室で熱心に机に向かっていると思ったら、漫画を描いているのだった。

「いい加減にしなさい!」

「漫画を描くのを、やめなさい!」

 蓉子は何度となく叱った。すると樹は失望したような表情を見せた。

 中学に入学してからも樹は漫画を描き続けた。成績は真ん中より下。蓉子はいよいよ不安になった。


――まさか漫画家になりたいと言い出すのではないか


 プロの漫画家になり、それで生計を立てていけるのは、ごく一部の才能のある人間だけだ。もっと現実的な人生を考えさせなくては!


 蓉子はさらに樹の漫画に対して厳しく指摘するようになった。樹はそんな母親と距離を取り始めた。高校入学を何とか果たし、(蓉子にとっては、満足のいく高校ではなかったが)高校三年間も蓉子の目を盗んで、樹は漫画を描いていた。


 そして大学を選ぶ時。樹が志望したのは漫画学科のある私大だった。蓉子は猛反対した。


 それからすぐに樹は部屋から出てこなくなった。

 高校だけは何とか卒業したが、大学受験は叶わなかった。


 お皿とコップを洗いながら蓉子は考える。


――もし、樹の漫画を認めていたら、ひきこもりになっていなかたったのではないだろうか?


 そんなことを考えても仕方のないことだとわかっている。でも、もし、樹の高校時代に戻れたら。「漫画学科のある大学に行きたい」と言った、あの日に戻れたら……なんて思ってしまう。

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