序章
近年、〝メモリアルトラベラー〟という仕事が注文を浴びている。
過去の記憶を上書きすることを手伝う仕事だ。
現在25歳の野田悠介も、大学卒業後、メモリアルトラベラー養成講座を受講し、一年間の臨床研修の後、この春、独立した。
人間には二種類の記憶保存の仕方がある。これは人によって異なる。
1.記憶を一つのフォルダに保存し、順次上書きをしていくもの。
2.事柄ごとにフォルダが存在し、記憶を選別して各フォルダに保存していくもの。
後者の場合、過去の記憶が何年経っても鮮明に思い出せる。そのため、楽しい記憶も色褪せないが、トラウマも残りやすい。そして「あの時、こうしていれば……」とか「何であんなことしたんだろう……」と、後悔することもしばしばだ。
後悔に苛まれる人の人生を支える職業として、メモリアルトラベラーは生まれた。
メモリアルトラベラーができることは一つだけ。
催眠術のようなメモリアル術を用いて、記憶を過去の後悔に繋がっている時点に戻すこと。
メモリアルトラベラー参加者は、その戻った記憶の中で、やり直しを試みることができる。
現在に戻った時、現状に影響や変化が見られるか否かは人によって異なる。それでもメモリアルトラベラーに参加したいという人は、右肩上がりに増えている。
今日の参加者はどんな過去に戻りたいのだろう。
悠介はそう思いながら制服に着替える。医療や鍼灸のような施術を施す訳ではないが、メモリアルトラベラーの制服は、どこか医療関係者が身につける、スクラブに似ている。
メモリアル術を行う部屋の窓を開ける。
今日もいい天気だ。