お月様が見てる
「くそっ」
エリオットは勝手口から飛び出した。もう気配を殺している場合ではない。
ほぼ同時に神父がキッチンに入ってくる。
「待て!」
後ろ姿を見られてしまった。
だが構っていられない。全速力で茂みにむかって走る。
「子供!? おおい、叱ったりしないから待ちなさい!」
この時、女に変装するという作戦の裏の効果があらわれた。
鬘をとり、男物の服を着たエリオットの外見はまさに青少年のそれである。
長い金髪の女、あるいはがっしりした体格の長身の男だったなら、神父は瞬時に「昼に来た旅人」だと気づいただろう。
だがいま神父の目の前にあるのは暗闇の奥へと逃げていく小さめの影。
これでは誰なのか分からない。町の子供たちが悪ふざけをしたとも考えられる。
何はともあれ、エリオットはようやく窮地を脱することができたのだった。
しかし逃げていく彼の表情は冴えない。
「うっかり持ってきてしまった……」
彼の手には、例の解読不可能な手紙が握られていた。
自分の筆記用具をしまうのと一緒に、まちがえて持ってきてしまったのだ。
「まったく、なんて夜だ」
エリオットはうらめしそうな表情で夜天に輝く月をにらんだ。
もし月に意思があったなら「自分のミスを他人のせいにするな」と苦情を言っただろう。
今夜は満月に近い状態で、足元にうっすら影ができるほど月光は明るい。
つまずく心配だけはないのが不幸中の幸いだった。
「無謀にもほどがある」
宿へ帰還したエリオットを待っていたのは、同僚たちからの説教だった。
「捕まったらどうするつもりだったんだ」
オスカーが厳しい表情でエリーゼを詰った。
万が一のトラブルも考えて女の姿に戻っている。
「思わぬトラブルがありまして」
さすがにエリーゼの受け答えにも元気がない。
本当になにもかも台無しになる危ないところだった。
しょげているエリーゼを尻目に、御者のデニスが戦利品の手紙を眺めていた。
「いやあ、こりゃさっぱり分からんなあ、お手上げだ」
首をひねりながら今度はオスカーに手紙を渡す。
渡されたオスカーも眉間にしわを寄せるだけで、まともな答えを出せなかった。
「文法はまあ、オレらの言葉とそう変わらんように感じるけどなあ」
「そうね」
デニスの意見にエリーゼも賛同する。
「どうするよお嬢、こいつを手土産にしてもう帰るかい?」
「いえさすがにこれだけでは……」
王都の情報本部まで片道三週間もかかる遠距離だ。
なんだかよく分からない物を手に入れました、というだけで気楽に戻るわけにはいかない。
「けどよ、あんまり長居はできねえぜ。町人たちに怪しまれちまう」
「そうね。粘ってもせいぜいあと二、三日……。
それまでに尻尾を掴まないとね」
意見交換を終えて、三人は本日の調査を終了した。
オスカーとデニスは相部屋。エリーゼだけ一人部屋にわかれて就寝する。
このウィンターブルームに滞在できるのはあと二、三日が限界。
謎は深まるばかりだが果たしてタイムリミットまでに解決の糸口をつかむことは出来るのだろうか。
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