dead or alive -数々の選択肢-
エリオットは暗闇に身を潜ませながら思考を巡らせる。
ここには男女一人ずつが生活している。ブラナ神父とシスターアンナマリーの二人だ。
アンナマリーがはじめて姿を見せた時、彼女は祭壇の右側でズッコケていた。
直後にブラナ神父の登場。やはり右側奥からあらわれた。
つまり二人の居住スペースはきっと右側にあるのだ。
なら左側はどうなのだ?
エリオットは細心の注意を払って気配を探った。足音はもちろん、かすかな息づかいすら聞き逃さないくらいのつもりで。
結果は『わからない、なにも感じられない』だった。
(あの神父が『かくれんぼ』の名人だったらアウトだけど……)
エリオットは内心いくらか不安であったけれども、ゆっくりと祭壇の左側にむかって歩いて行った。
あいかわらず何も聞こえない、感じられない。
問題なく壁際までたどり着くと、陰になる位置に扉があった。
ほんのわずかに扉は開いている。
――もしかしたら扉の裏で侵入者が近づいてくるのを待ち構えているかもしれない。
そんな疑心と恐怖感が胸の奥にわいてくる。
わずかな隙間から見えるのは完全な闇だけ。
近づく以外に調べる方法はない。
じわじわと心を蝕んでくる恐怖感を抑えながら、エリオットは扉をゆっくりと開いた。
瞬間、例の異臭がムッと漂ってきた。
ブラナ神父と初対面のときに感じた、あの正体不明の香り。
濃厚すぎる複数の香草に混じって、どこか犯罪めいた臭いのする不審な香りだった。
間違いなくこの奥に臭いの発生源があると確信する。
部屋の内部は整然と物がならぶ倉庫スペースであった。
しかし中央に階段がある。
下は地下倉庫……ではない。すでに酒場で情報を仕入れてある。
ここが地下にかくされたもう一つの祭壇への入り口なのだ。
(行ってみるか……?)
ここが一番難しい選択だろうと直感した。
地下の構造がどうなっているのか、重要な情報がまったく足りないのだ。
思ったよりも狭くて神父とバッタリ出くわす、という可能性も低いとはいえない。
下へむかって耳をすませてみると、ガサゴソと微かな物音がする。
誰かがそこにいるのは間違いない。
(ならばいっそ堂々と王国騎士団情報部の名乗りをあげるか)
こう見えてエリオットは武術の腕も人並み以上にはある。
たった一人の男くらい力ずくで捕縛する技量はあるのだ。
だがしかし、突入しても捕まえられるのは神父一人だけだ。
この町に来てからの調査で領主レジナルド・フォーテスキュー子爵までが悪魔崇拝者である、という疑惑が生まれている。
本当に退治しなくてはいけない悪は、この子爵のほうだ。
今ここで突入して神父を捕まえれば、子爵は神父をトカゲのシッポ切りに利用して時間を稼ぎ、あっという間に証拠を隠滅してしまうだろう。
そんな結果ではよろしくない。
(この先に決定的な証拠があるはずなのだがな……)
残念だが諸々の事情を考えた結果、今夜は地下へ行けないようだ。
未練というわけでもないが、せめてもの駄賃として階段の状態を確認しておく。
まだ新しい雰囲気の木製の階段だった。しかし人間が踏めば少しくらいは軋んで音が鳴るだろう。
(やれやれこれでは、奇襲をしかけようとしても無理だったようだな)
エリオットは内心でため息をついて階段から離れた。
さて地下へ行くという最も危険な挑戦はやめたわけだが、探索そのものを終わりにしたわけではない。
次は神父の私室を探ろう。部屋の主がいつ戻ってくるか分からないので、こちらもなかなかに危険度の高い行動だ。
祭壇の正面を横切って、右側の奥へ。
こちらにも左側と似たような扉がある。
扉の奥は細長い通路になっていた。
右の壁側に扉が三つならんでいる。
ブラナ神父とシスターアンナマリーの私室、あとは物置部屋か何かだろう。
一番手前の部屋からアンナマリーの寝言が聞こえてきた。
「ムニャムニャ……エリーゼ様ぁ~がんばぇ~」
(うっ!?)
一瞬存在に気づかれたかと思ってギクリとした。
だがどうやら寝言だったらしい。
「魔法のプリンセス・エリーゼ様ぁ~いまチャンスですぅ~ウフフフ……」
(どんな夢を見ているんだ……?)
眉をひそめながらアンナマリーの眠る部屋を通りすぎ、次の部屋へ。
そっとドアノブを回してみると、鍵はかかっていなかった。
部屋の中は廊下よりもいくぶん明るかった。
カーテン越しに月明かりが差し込んでいる。
こんな田舎町にはめずらしく、個室の窓にガラスが使われていた。
(ずいぶん贅沢なことだ)
エリオットはカーテンを静かに開け、月明かりを室内に取り込んだ。
青白い月光が室内を染める。
(さて、のんびりしている時間はない)
さっそくなにか有益な情報はないものかと、室内を物色しはじめた。
ベッドの下、クローゼットの中……。
だがさすがに聖職者というべきか、必要最低限の日用品くらいしか見当たらない。
悪魔崇拝の容疑者にしては、暮らしぶりがずいぶん清貧だった。
(……なんだかイメージと違うな)
悪魔崇拝者といえばもっと欲望に忠実で、後先を考えない破滅的な性格をしているというイメージがある。
だがこの部屋の主、ブラナ神父の私物には大金もなく、貴金属などもなく、真面目に日々のつとめを果たしている清貧な人物だという印象しか感じられない。
あの神父は本当に悪人なのだろうか。
(もしかして偽情報をつかまされたかな?)
そんなことを考えつつ、机の引き出しをあけた。
中には安物のペンとインク。そして無記入の白い紙が十枚ほどしまってある。
――しかしその下に、得体のしれない文字列が記された封筒が隠されていた。
"A ghrá Guineach an tOllamh Bláthnaid chuig"
(うん? どこの国の言葉だこれは?)
エリオットは謎の文字列に興味を抱きつつ、封筒の中身を取り出した。
それはまったく読めない文章で書かれた奇妙な手紙であった。
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