冷たい眼光
酔った男は無警戒に口を動かし続ける。
「おうさ、豊作祈願にわざわざ来てくださるんだ。
そのためにわざわざ地下に祭壇なんか作ってよ……」
「おい!」
「ゲホッ!」
上機嫌にペラペラしゃべる酔っぱらいの太った腹を、となりの男がつついて止めた。
咳と痛みで、男は自分の喋りすぎに気づいてしまったようだ。
「おっとっと、こいつは余所者のあんたにゃ関係ねえ話だったな」
「あら、そうなのですか?」
エリーゼはわざと『よく分からない』という顔をしてとぼけた。
誰もがおなじ宗教をおなじ方法で信仰しているかというと、決してそういうわけではない。
表面的には唯一にして絶対の強固な宗教が世界を支配しているかのように見えるが、実は地方独特の古代信仰や因習が根強く残っていたりするものだ。
世界各国の王や領主も、よほど過激な信仰心を持つアレな人でないかぎり、そのあたりは見て見ぬふりをするのが普通だった。
――ただし、害のあるものは別である。悪は取り除かねばならない。
会話がちょっと途切れてしまったので、エリーゼは木のカップに入ったミルクを一飲みする。
(地下に祭壇か。いい情報が聞けた。
しかし相手はちょっと警戒心をいだいてしまったようだ。
これ以上聞きだすのは少し難しいかな)
口にミルクを含みながらそんなことを考えていると。
「なあお嬢さん、そんなんじゃなくて酒を飲れよ」
初老の男がエリーゼの鼻先に自分のジョッキをグイ、と突き出してきた。
見れば目つきがトロンと濁り、足もふらついている。だいぶ悪酔いしているようだ。
(このオッサンそうとう悪酔いしてやがるな)
不快に感じたが、顔や言葉に出すわけにはいかない。
「あらわたくし、お酒は飲んだことがありませんの」
「ダイジョーブだって! たいして強い酒じゃないから! ほら!」
エリーゼはやんわりと断ったつもりであったが、白髪まじりの男はグイグイジョッキを押しつけてくる。
そんなに飲みかけの酒を人に飲ませたいのか。
「あらあら」
喧嘩ならこんな相手はわけないが、いま暴れるわけにはいかない。
エリーゼはオスカーに目線を送って、助けを求めた。
オスカーはすぐに立ち上がってエリーゼの後ろに立つ。
「お嬢様もう夜更けです。そろそろお休みになりませんと」
「あらそう、じゃあ仕方がないですね……」
そう言って立ち上がるエリーゼ。
しかしその手首を、酔っぱらいがつかんだ。
「おいおいおいおいそりゃねーだろぉ、まだ夜は始まったばかりだぜぇ!」
男の目が据わっている。本当に酒癖のわるい男だ。
「お嬢様の手を離しなさい」
「なんだとこの野郎!」
上から目線のオスカーの言葉は、かえって火に油を注ぐ結果となった。
「てめえこの女のなんだってんだ、男かこの野郎!」
ダン!
男は酒のはいった木製のジョッキをテーブルに叩きつけた。
入っていた酒が飛び跳ね床やテーブル、そして周囲の人たちまで汚す。
男はそんなこともお構いなしで、オスカーに食ってかかっていた。
(いい加減にしろクソオヤジが)
エリーゼはそっと男の腕を引くと同時に、すばやく足払いをかけた。
「うおっ!?」
男はあっけなくバランスを崩し、エリーゼに寄りかかるような形で床の上に倒れてしまう。
エリーゼは相手に大怪我をさせないために、あえて膝枕の形で彼の頭を受け止めた。
「お酒の飲みすぎですよ、もう帰ってお休みなさい」
「なにをっ、この……!」
男の言葉は途中で止まった。
胸をエリーゼの手で抑えられている。
しかし痛むほどの強さではない。肺や気管を軽く圧迫されているだけだ。
「……ッ!?」
だが身体が動かない!
白い細腕で抑えつけられているだけなのに、身動きできず、そして声も出せなかった!
「!?!?」
エリーゼはあわてる男の顔を上からジーッと見つめ、有無を言わさぬ口調で告げる。
「あなたは飲みすぎです、家に帰って休みなさい」
大きな瞳でジッと睨まれているうちに、男は青くなって震え出した。
目前の女から得体のしれない恐怖を感じる。
この女は自分の動きを封じ、声も封じ、異様な目つきで威圧してくるのだ。
未知の脅威に対する怖さに、男はすっかり大人しくなった。
「ではみなさん、ごきげんよう」
うって変わってにこやかな笑顔を皆にむけ、酒場を去っていくエリーゼとオスカー。
その後ろではエリーゼに説教された男が床に尻もちをついたまま、ぽつりとつぶやいていた。
「悪りいみんな、今日はたしかに飲みすぎちまったみてえだ……」
男の自分があんな女の子に力負けするわけがない。
あんなに恐怖を感じるわけもない。
酒だ。
酒を飲みすぎたせいだ。
自分は酔い過ぎておかしくなっちまってるんだ。
男は間抜け面でそう結論付けた。
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