安酒場の華
エリーゼはアンナマリーの手を引いたまま、庭を一緒に歩いていた。
山裾にある町だけあってごく当然のように緑豊かな景色が広がっている。
白い教会と山林の緑が見事に調和していて、素晴らしい光景だ。
「ねえ、あなたはこの教会にお勤めしてどのくらいになるの?」
「えっ、あ、あの、まだ一か月くらい」
ようやく少しは慣れてきたようで、アンナマリーは緊張した様子で質問に答えてくれる。
「ほんの短い間だけの、お手伝いみたいな感じで」
「そうなのね。シスター姿が似合っているから勘違いしてしまったわ。
ブラナ神父様は以前からここの教会にいらっしゃったの?」
このウィンターブルーム教会は3年ほど前に改築されたのだという。
改築ということは、それ以前にも古い教会があったという話になる。
「いいえ? 昔はすっごいボロッボロの教会でぇ、だぁれも住んでいなかったんですよ」
「あらそうなの?」
「はい。でもあたしが子供の頃にいっぱい人がやってきて工事がはじまって、こぉんな立派な教会を建ててもらったんですよー!」
「ふぅん、ブラナ神父様もその後でいらしたの?」
「はい! ぜーんぶ領主さまがやってくれたんですよ!」
「ふぅん……」
つまり教会の建て直しとブラナ神父の着任はワンセットの計画であったと。
「さきほどから気になっているのだけれど、あなた達はめずらしいお香を使っているのね?」
「あ……、はじめての人は変に思っちゃいますよね。
でもなれてきたらけっこうイイ気持ちになっちゃうんですけど……アハハ」
アンナマリーはちょっと苦笑いした。
お香、つまりアロマセラピーは特に富裕層の趣味として広まっており、庶民でも真似をするものはいる。
ただ基本的には『良い香り』を楽しむものであって、こんな妙な臭いを漂わせるのは果たしてアロマセラピーと呼べるのかどうか。
「この匂いをかいでいると、嫌なこととかだんだんどうでも良くなってくるんですよー」
「まあ、そうなのですね」
胡散臭い。あやしげな薬品でも入っているのではなかろうか。
専門家に分析させたら何か分かるかもしれない。
アンナマリーを共にして、エリーゼはさらに教会の周囲を見て回った。
立派ではあるものの特別めずらしい構造はしていない。
本館は定番の十字型建築。追加で倉庫や居住スペースなどがくっついている。
わざわざ高い金をはらってまで建て直した理由までは分からなかった。
ちょうど一周して正門の前まで来た所で、オスカーと神父に出くわした。
「お嬢様、そろそろお暇いたしませんと」
「あら、もうそんな時間?」
これ以上時間をかけると怪しまれる、と彼は言いたいらしい。
エリーゼは同僚の意見に逆らわないことにした。
「あ、あの、もうお別れなんですか」
エリーゼの背中にアンナマリーが切ない声をかける。
「いいえ、もう少しこの町に滞在するつもりよ。きっとまた会えるわ」
エリーゼの返事にアンナマリーの表情はパアっと明るくなった。
どこか妙な雰囲気の子だが、悪人ではなさそうだ。
「本当ですか、絶対ですよ!」
ブンブンとはげしく手を振る彼女に対し、エリーゼも軽く手を振り返してその場をあとにした。
エリーゼとオスカーの二人は寄り道せず宿屋に戻ってきた。
町で唯一の宿屋は、兼業で酒場も経営している。いやむしろ酒場のほうがメインなのかもしれない。
酒場といえば人が会話するために集うような場所である。
情報収集のため、行かない手はない。
エリーゼたちも夕食をかねて参加することにした。
まあ当然というかなんというか、品のない男どもの盛り場だった。
そんな薄汚いつもの酒場に、今夜は極上の名花が一輪。
目立たないわけがなく、エリーゼはあっという間にその場の中心人物となった。
「へえ王都からこんな所まで旅行にねえ」
「ええそうなんですのよ」
町の男たちが木製のジョッキで安酒を飲むなか、エリーゼはミルクを頼んでいる。
オスカーとデニスは周囲にあわせて彼らと同じ安酒をチビチビと少しずつ飲んでいた。
冷たいアルコールは酔いが回るのが遅い。そのため調子にのってガブ飲みするといつの間にか限界をこえていて、思いもよらぬ泥酔をする危険があるのだ。
仕事で酒を飲むこんな時は、ゆっくり少しずつ。プロのちょっとした心得である。
「こんな貧乏なクソ田舎、なんにもイイ所ねえだろう?」
酔って顔を赤くした中年男がそんなことを言う。
こんな時、間違っても「ええそうですね」などと本音を言ってはいけない。
「そんなことはありませんよ。自然の景色がとっても奇麗で、素敵な教会もあって」
「本当にそう思うかい?」
「ええ」
育ちの良さそうなお嬢様にほめられて、酔っぱらいたちの気分は満更悪くもなさそうだ。
エリーゼはさりげなく話題を教会関連に誘導する。
「あの教会はご領主様がお建てになったんですってね」
「おう、そうなんだよ」
「きっと信心深いお方なのでしょうね?」
「おおそりゃあもう。熱心な領主様でなあ、今でも季節ごとにかならず来るんだ」
「――領主さま御自ら?」
エリーゼの瞳がキラリと光った。
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