両方好きじゃダメですか?
商業地区は今日もいつもの賑わいを見せている。
少なくとも表面にあらわれるほど深刻な問題はなさそうだ。
ちなみに『表面にあらわれるほどの事態』とは疫病か戦争などの被害によって街に人がいなくなることを言う。
王都がそんな環境になるとしたら、まさに国家存亡の危機だろう。
「……で、いったい何をするというのだ」
つまらなそうな顔で腕を組み、直立する若き国王・ヴィクトル二世。
貧民街に行くという彼の計画は消滅してしまったので、他にまかせるしかない状況だ。
「まずは普通になさってはいかが?」
エリーゼがにこやかに提案する。
漠然としすぎていて、ヴィクトル二世は眉をひそめ口を曲げた。
「普通とはなんだ」
エリーゼはウフッ、と笑った。
こうしていると本当に若い貴婦人そのもので、ふとした拍子に男だという事を忘れそうになる。
エリーゼは拝むように左右の手を合わせた。
「お買い物ですよ。直接その場の空気を肌でお感じになって、お手で触れてみるのが一番よろしいかと」
「ふむ……いかにも普通だな」
まだ不満そうではあったが異論はないご様子だ。
すったもんだの末、四人はようやく予定通りに街を歩きはじめた。
だが一時間後、またもやしょうもないトラブルが発生する。
トラブルを起こしたのは意外にもエリーゼだった。
「ですからイヌです、誰がなんと言おうとイヌですってば」
「いーやネコだ! ネコに勝るペットはこの世に存在せん!」
気まぐれに立ち寄ったペットショップ。
一行は愛らしい動物たちに囲まれて至福のひと時を体験していたが、ミックの迂闊なひと言によって世界の平和は打ち砕かれた。
「お二人はイヌ派ですか? ネコ派ですか?」と。
ヴィクトル二世はネコ派。
エリーゼはイヌ派であった。
ヴィクトル二世はすかさず言う。
「もちろんネコだ! イヌなど従順なだけでつまらぬ!」
それを聞いてエリーゼの目が吊り上がった。
そしてやたらと早口で反論を開始する。
「何をおっしゃいます。イヌの情け深さこそ人は見習うべきです。
イヌは人につき、ネコは家につくなどと申します。
ああ、ネコの薄情なこと! 現にヴィクトル様のお屋敷には野良猫なのか飼い猫なのか分からないようなのが何匹もいるではありませんか!」
「なんだと?」
「はい~?」
にらみ合う両者。
事実、何をやらせても大雑把なヴィクトル二世は、せっかく手にいれた希少種の猫をよく私室から逃がしてしまう。
逃げたネコたちのほとんどは広大な王城の中でお気に入りの場所を見つけ、それぞれが勝手気ままな生活を送っていた。
城のメイドや料理人たちが水と食事だけはあたえているものの、はたしてこれを飼い猫と呼んでいいのかどうか疑わしい状況になっている。
仮に飼い猫だとしても、飼っているのは事実上メイドや料理人たちなのではなかろうか。
「……」
「……」
二人はまだにらみ合っている。
ヴィクトル二世は顔を真っ赤にして。
エリーゼは一見笑顔だが、目が笑っていない。
非常にくだらない理由だが、くだらない理由だからこそ本気でムキになる人種というのがこの世には存在する。この二人だ。
「まあまあお二人とも、周りが見ておりますよ」
ジーンがにらみ合う二人をたしなめようとする。
だがこれは藪をつついて蛇を出すことになった。
ヴィクトル二世が真っ赤な顔のままジロリと彼をにらむ。
「お前はどうなのだ?」
「えっ」
エリーゼも目の笑っていない笑顔のまま聞いてくる。
「ジーン様は、イヌとネコ、どちらがお好きですの?」
「えっ」
「答えよ、貴様はネコとイヌ、どちらが好きなのだ?」
「えっ」
そんなわざわざ言葉の順番まで気にしなくても。
ジーンはそう思ったが、声に出すのは怖かったのでやめておいた。
イヌ派とネコ派の熱い視線がジーンにせまる。
彼は返答に困った。
大げさかもしれないが、身の危険を感じる。
こんな時どう答えるのが最善なのだろう?




