バカみたい
その日、夜明けとともにグレイスタン王国軍総勢五万がバルデグラード要塞にむけて行軍を開始した。
ただ総勢五万とはいっても半数は輸送などの後方支援部隊。
実戦部隊は二万五千ほどになる。
エリオットたち情報部はなぜか二万五千人の最後尾、実戦部隊の一番うしろに配置された。
すぐ前には国王ヴィクトル・グレイウッド二世が率いる近衛騎士団がいる。
国王以上に安全な後方にまわされるとは、ちょっとどころではない異常事態だった。
「どういうことでしょうか、これは」
美々しい全身鎧を身にまとったオスカーが、となりのエリオットに不満をもらす。
「わからないけど……政治的なアレじゃないかなあ……」
答えたエリオットは軽装である。この男、筋力が足りなくて重たい鎧を着れないのだ。
少年時代の夢だった近衛騎士になれなかった理由でもある。
あまりにも身体が小さすぎる。非力すぎる。
国王の親友という最強のコネがあっても不採用になったほどの理由は、今日も足を引っ張っていた。
「思うに……、僕とお前のせいだオスカー」
「はい?」
「手柄を立てすぎた」
さんざん王都を荒らしてくれたグゥィノッグ・ブラナ司祭とその配下の者たちを大勢撃破したことで、王都の戦力をほぼカラッポにしてしまうことへの不安が解消された。
この戦果を挙げたのはエリオットとオスカーたち、騎士団情報部だけである。
他の連中はなんの役にも立っていない。
このままでは情報部ばかり出世して自分たちは閑職にまわされる。
そんなことはさせない、という他の騎士たちの思惑が働いたのではないか?
「このままだと僕たちは国境までの、ただの観光旅行をさせられてしまうぞ」
オスカーはため息をついた。
「それはそれで圧勝したって事になりますから、国としては良いんでしょうね」
エリオットも苦笑して肩をすくめる。
「悪いことばかりでもない。陛下の身は安全だ」
前方には近衛騎士たちの集団がある。
その中央には国王と『蒼天』の妖精エレンシア、そしてエレンシアの護衛として『黒曜』のリリスカがいた。
戦争に婚約者を連れていく王などあってはならないことだが、婚約者が貴重な魔法戦力の一人なのだからちょっと話がかわってくる。
ちょっとした流れ矢などはエレンシアの風がはじき飛ばしてくれるし、本当に危機的状況になれば妖精二人の『妖精門』で王都や妖精郷に逃げることができる。
慣例や常識には反するがメリットのほうが圧倒的に多いのだ。
『妖精門』の発動にかかる時間は近衛騎士やエリオットたちがその身を犠牲にして稼げばいい。
国王ヴィクトル・グレイウッド二世の身は非常に安全度が高いといえた。
「とりあえずの問題は、外ではなく内にあるな」
エリオットたちのすぐ後ろで、いつものように『緋炎』の氏族たちがギャーギャーやかましく騒いでいた。
「よーよーエリオットー! 敵はどこにいんだよー!!」
一番タチ悪いのが族長なのだから終わっている。
ベルティネはノリと勢いだけで無茶なことを言い出した。
「あの丸っこい『ゲート』つくってよー、アタシたちだけとっとと戦いに行っちまおうぜー!」
『ウェーイ!!』
舎弟たちも族長と同意見、というか同じノリだ。
もちろんこんな自殺行為に賛成はできない。
「僕たちだけで数万の敵と戦うっていうのかい?」
彼女たちは人間VS人間の戦争がどれほど大規模なのか知らない。
千やそこらの敵ならベルティネたちだけでも勝機はあるが、絶対にそんなわけがないので、意地でも賛成するわけにはいかなかった。
このように王都を出たからといって変わるわけもなく、いつもの空気感で彼らは街道をゆく。
移動もまた戦争のワンシーンではある。
とりあえずは平和的(?)な雰囲気のまま戦地をめざした。
一方、グゥィノッグ・ブラナ司祭をうしなったモリガン教徒たちは混乱の極みにおちいっていた。
ブラナ司祭の次に身分が高いのはカリーン・ドゥーブ助祭師。
だが彼女は『重要な任務』のためにアルフレド・ドルトネイ公爵に常時つき従っている。街へ出て来て直接命令を出すことは難しい。
では誰が今後の陣頭指揮をとるのか?
この重要ごとが決まらず混乱がおこっていた。
連絡係を通じてカリーンが命じたのは『待機』である。
じつに普通の指示だ。
さすがに戦力を減らしすぎた。
これ以上減ったら何もできなくなる。
だから待機。
もう何もするなと命じた。
しかし連絡係の報告によると信徒の魔法使いたちは不満感をあらわにしたという。
やられっぱなしでいられるか! などと街のチンピラみたいなことを言ってまだ手を出そうとしている気配があると。
「ああもうバカばっかり……!」
カリーンは公爵家の一室で孤独に頭をかかえた。
幼馴染の死を悲しんでいる余裕すらない。
もう何人の魔法使いを失ったことか。
はじめから少数だったのにさらに数を減らして、もう本当にギリギリの人数しかいない。
それなのにまだ戦おうとしている。
バカとしか言いようがない。
傲慢。短気。わがまま。単細胞。お調子者。
なんでこんなバカしかいないのか。
頭をかかえてブツブツブツブツひとり言をいっていると、横から声をかけられた。
「苦労しているようだな」
カリーンはハッと顔をあげた。
死んだグウィノッグが魂となって姿を見せたのかと。
だが違った。そこにいたのはドルトネイ公爵だ。
彼女たちモリガン教徒のスポンサーであり、未来の暗殺対象。
彼が部屋に入ってきたのを気づけなかったらしい。
とんだ失態だ。
「組織を管理するというのは気苦労の多いものだ」
「は、はい。不慣れなもので……」
公爵家にも真面目に働いている人間はいる。
それなりにカリーンたちの事情を知っているようだ。
公爵はカリーンのとなりに座り、そして彼女の肩を抱いた。
「大丈夫だ。お前には私がついている」
「は?」
あまりにも意外すぎる言葉にカリーンは素で「は?」と言ってしまった。
(まさかこの男、自分のことを頼りがいがある男だと思ってんの?)
とんでもない勘違いである。
カリーンの任務はこのドルトネイ公爵をだまして、利用できるだけ利用して、最後に殺すこと。
そんなヤバい女をそばに置きつづけている大ボケ野郎がなにを言っているのか。
「私の前で無理をする必要はない。楽にしろ」
そういって公爵はヤバい女を優しく抱きしめた。
(バカみたい)
カリーンは心の中で侮辱しながら男に身をゆだねた。
(私もバカみたい)
なぜかこんなくだらない男に抱かれているのに、心地よい。
思っていた以上に彼女の心も傷ついていた。
バカしかいないバカ集団の中で、たった一人だけ自分のことを気づかってくれるバカがいる。
それが妙に嬉しかった。




