死闘は果てども
ブラナ神父は全身全霊をこめた一撃をくり出してきた。
直撃すればおそらく頭蓋を砕かれ脳まで達し、即死。
殺意が。凶刃が。執念が。
敵のすべてを込めた一撃がせまってくる。
極度の緊張感ゆえか、妙にゆっくりと動いているように感じられた。
死……。
エリオットは人生の終わりを予感した。
思わず逃げそうになるが、それでも最後の意地で踏みとどまる。
(逆だ、これはむしろチャンスなんだ、後がないのはあいつの方なんだ!)
反射的に右手のレイピアが動いた。
身体が自然と選択した行為は、突くでもなく、受けるでもなく、振る。
敵の殺意を真正面から受け止めるのではなく、円を描くように受けて勢いを横へ流した。
ギギギィィン……!
お互いの刃が削れあい、破片が宙に舞う。
金属のかけらが満月の光を浴びてキラキラと輝くさまは、皮肉にも美しい。
エリオットの命は無事だった。
神父がはなった必殺の一撃は虚空へ逸れ、大きな隙が生まれる。
だがすべてがうまくいったわけではなかった。無理な負荷をかけてしまったレイピアの中央付近に大きな亀裂が入ってしまう。
それでもエリオットは神父めがけて逆襲の突きをはなつ。
「ハーッ!」
ボキィッ!
レイピアがヒビの入った部分から二つに折れてしまった。
神父はとっさに心臓だけはかばっており、折れた剣は左肩に深々と突き刺さる。
「グウウッ!」
神父は苦悶にうめくが、致命傷にはほど遠い。
追撃しようとするエリオット。
しかし神父は右手の短剣を大きく振りまわして彼を近づけさせてくれなかった。
「ウオオオー!」
その時、不思議なことが起こった。
雄叫びをあげる神父。
彼の黒い僧服が突然膨らむと左右に展開し、大きな黒い翼に変化したのだ。
バサッ、バサッ!
「な……」
さすがのエリオットもあまりのことに言葉をうしなった。
人の身体に翼がはえた。作りものにも見えない。
神父は黒い翼を羽ばたかせ、崖にむかって走り出す。
常識だのなんだのと考えている場合ではなかった。
敵は空を飛んで逃げるつもりだ。
「待て!」
「うるさいッ」
追うエリオット。
しかし神父は自身の左肩に突き刺さっていたレイピアの尖端を引きぬき、持ち主に鋭く投げ返す。
「くっ!?」
あやうく剣先が足に突き刺さりそうになるのを、エリオットはギリギリで回避。
しかし大きく体勢をくずし、相手に貴重な時間を与えてしまった。
神父はなんなく崖の縁までたどり着くとエリオットに向きなおり、怨嗟の言葉を残していく。
「我が女神は決して貴様のような妖魔を許してはおかぬ。
世界があるべき姿に戻るその時に、貴様のような異物もまとめて淘汰されるのだ。
覚えておけ妖魔よ、私はグゥィノッグ・ブラナ、司祭である。
それが貴様を殺す男の名だ!」
「待て!」
待てと言ってみたところで待つわけもない。
彼は何のためらいもなく断崖絶壁のむこうへ飛び出す。
エリオットがようやく断崖の縁までたどり着いた時、眼下には信じられない光景が広がっていた。
広大な森林地帯を照らす満月の光。
生い茂る木々の葉は月光に淡く輝き、幻想的な美しさだ。
その幻想的光景の上を、黒い翼のグゥィノッグ・ブラナが飛んでいく。
人が空を飛ぶ。
そんな事は夢物語の中にしか存在しない、はずだった。
「ふざけるな……化け物はどっちだ!」
ブラナ神父、いや司祭とやらはすでに遠く、闇夜の彼方に消え去ろうとしている。
もはや追跡は不可能であった。
これは勝利と呼べるのだろうか。
生贄は助けた。
悪党の罪を暴いた。
だが真の邪悪を逃がしてしまった。
これはきっと勝利ではない。少なくともエリオットは誇る気になれない。
折れた愛剣を握りしめたまま、なすすべなく夜空を見上げる。
満月はなにも語ってはくれなかった。




